BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
「大坂将星伝」の話。

毛利勝永文学の最高峰の一つ、「大坂将星伝」を読みました。

こんなに勝永勝永言っていて何故今迄読んでいなかったって、
敢えて大切に取っておきたい気持ちがあったからなんですけど
5月に文庫版が出る予定で、しかもそこで大幅加筆修正と聞いたので
それ絶対に今の内にオリジナル版読んでおかなきゃいけないじゃないと思って
遂に手に取りました。ずっと待っていてくれて有難う。

最初から最後までずっと勝永のターンと言うだけでも素晴らしかったのに
豊臣諸将の描き方、人物像が今迄読んで来た数多の大坂の陣小説の中でも
指折りの理想的な豊臣諸将で感謝感激感動感涙だった…素晴らしかった。

感想と言うより毛利豊前守勝永公の一代記として時系列で紹介したいのと
本文の素晴らしいところ引用させて頂くのがメインの記事になってしまった。
相当長いツイログ。





<2/19>
大坂将星伝、中巻の3分の2まで読んだ。朝鮮出兵が終わったところ。もうあれこれ言いたいこと多過ぎるけど兎に角全部読んでから総括して感想書きたい。朝鮮の地理やイメージ凄く湧きやすかったから倭城行っといて良かった。
2/19 6:06[ Twitter for iPhone ]

三成襲撃事件まで読み進めてもうすぐ関ヶ原、何かずっと面白くてとんどん読み進めてしまうからいつ区切りをつければ良いのか分からないけど流石にこのまま徹夜は駄目だからもう寝ます!鉄の意志で区切りをつける!
2/19 6:22[ Twitter for iPhone ]


<2/21>
5月の大坂将星伝の文庫化に向けて先にハードカバー版読了。勝永の一代記カッコ良すぎて完全にキャパオーバーだった。と言うか毛利豊前守殿一巻って現存してたんだ…幻かと思ってた…。
2/21 0:29[ Twitter for iPhone ]

東京大学史料編纂所所蔵(山内文書)とあるのでいつの日かデジタルアーカイブにして下さい…私が生きている間に出来るかは分からないけどルーベンスの絵より勝永見たいよ;;;;;;
2/21 0:30[ Twitter for iPhone ]

今最高に勝永への好感度限界突破してるし、勝永こそが真の武人で真の義士で揺るぎない屈強な精神の持ち主で人間的魅力に溢れていて最高としか言いようがなかったやつ 勝永愛してる。愛してるわ。
2/21 0:40[ Twitter for iPhone ]

上巻は森太郎兵衛時代。石合戦に明け暮れる子供時代。いきなり又兵衛や千熊丸と言った後の五人衆を顔見せして来るのどきっとする。又兵衛と仲の良い、太郎兵衛の幼さがいちいち可愛い。黄母衣衆として人々に尊敬される寡黙で少し怖い父上は畏怖の対象だが魅力的な人物像。
2/21 0:44[ Twitter for iPhone ]

さっきのは第一章 石合戦。背景の日本地図は織田信長領国ノ図。本能寺の時系列。次は第二章 猿伯と狸王。(えんはくとりおう)逸脱なタイトル。背景は小牧長久手前夜ノ図。太郎兵衛は馬丁として参陣。吉成と太郎兵衛はヤスの陣に案内される。平八郎と会話する太郎兵衛が可愛い。
2/21 0:49[ Twitter for iPhone ]

第三章 千雄丸、千熊丸。背景は四国群雄割拠ノ図。太郎兵衛の船に弱い所は後半も引きずってるなw やんちゃな千熊丸に異常に懐かれ辟易する太郎兵衛可愛い。千熊丸に対しては敬語。秀吉様は吉成に国持ち大名の話しを持ちかける。千熊丸は一番槍を目指し勝手に海に出るも、漂う船で捕まって終了。
2/21 0:56[ Twitter for iPhone ]

第四章 戸次川。背景は戸次川合戦布陣図。鶴賀城を守る利光宗魚、その弟豪永、息子統久(むねひさ)らと、対島津合戦。太郎兵衛初陣。信親から左文字を受け取り、兵を率いて府内に戻る役目を司る太郎兵衛。信親の描写は只管美しく、息子の死を語る元親は悲しい。元親から粟田口吉光の刀を拝領。
2/21 1:08[ Twitter for iPhone ]

第五章 徹斎。背景は天正十五年岩石城攻め。殿を務めていた父が生死不明で悶々する太郎兵衛。丸目徹斎長恵、立花弥太郎宗茂が登場。宗茂も徹斎の弟子。後半、小倉で父と再会。島津征伐の一軍の将に父が選ばれたことを喜ぶ太郎兵衛。長浜で隣近所だった黄母衣衆の面々もいる展開が熱い。
2/21 1:15[ Twitter for iPhone ]

おあん、お玉も意味ありげに登場。島津義久が豊臣の最後通牒を受け取り九州平定。豊前小倉を与えられた毛利父子。小倉の街を見ながら、統久と太郎兵衛が良い関係になっているのは微笑ましい。
2/21 1:17[ Twitter for iPhone ]

第六章 国持ち。背景は九州国分ノ図。小三次は毛利を名乗れ、の秀吉様の命で森→毛利への改名は恵瓊嫌いの広家を先にこっそり尋ねる作戦で成功。豊前小倉の城の見取り図を黒田孝高と太郎兵衛で作るも、これが後に関ヶ原に響いて来るのだよな。明石全登も登場。お玉トラップの騒動の上、おあんと結婚。
2/21 1:23[ Twitter for iPhone ]

祝儀の場に早馬が駆け込んで来た。肥後の国人共が兵を挙げました!というところで上巻終了。
2/21 1:25[ Twitter for iPhone ]

予告。気高き理想を抱いて臨んだ外征、朝鮮出兵は泥沼の戦場となった。そして、勝永たちが異国で苦闘するなか、一代の英雄豊臣秀吉が逝くー。残されしは、“大にして広き国”という志。勝永は、兄と慕う石田治部少輔三成と共に、関ヶ原で家康を迎え撃つ!大坂将星伝 中 2013年2月発売予定。
2/21 1:28[ Twitter for iPhone ]

この上巻が2013/1/15初版発行となっているのだけれど、書き下ろしでこのボリューム、クオリティ、半端ないですよ。勝永の人生をこんなに最初から書いた小説はなかったし、これ殆ど創作と穿った見方をしてもドリームキャストぷり凄くて息もつかせぬ展開の連続。太郎兵衛の成長が楽しみになる。
2/21 1:30[ Twitter for iPhone ]

中巻の感想はまた長くなるからまた明日書く。もーーー真田丸じゃなくて大坂将星伝を大河にして欲しいよう;;お願いしますよ;;;;(キャラ被りで酷く手負いになりながら
2/21 1:32[ Twitter for iPhone ]

大坂将星伝で浪人中の勝永を治房が案内してくれたり、治房が土佐まで勝永迎えに来たり、秀頼様が治長も治房も豊臣のことを考えてくれているのだって言って下すったりで、大野三兄弟を良く描いてくれてるの本当嬉しいよ 勝永が主役ってだけでも素敵なのに周囲のキャラもみんな魅力的なんだもの。
2/21 2:17[ Twitter for iPhone ]

フライングだけど秀頼様は口数多くはないけれど発言されると揺るぎない威厳があったり流石は太閤様の子とか豊臣の血脈とか立派に成長された様がありありと描かれていて、それでいて勝永に私を支えて欲しいとか、父の遺言で最後に頼れるのは毛利豊前守と言っていたとか熱すぎて震えた 最高だった。
2/21 2:21[ Twitter for iPhone ]

土佐脱出の時に山内家総出で晴れて寝たフリして大坂入りを見送ってくれるのも熱いし、大坂城下の様子で懐かしのツワモノ共が勢揃いなのも熱いし、ここで登場する美し過ぎる心を持った重成の清らかさは眩しいし大坂将星伝最高としか言いようが無い。
2/21 2:23[ Twitter for iPhone ]

将星伝でも獅子死でも勝永生存説ほぼ確定の含みを持った終わり方だったから勝永は生き延びた説を強く推したくなりました。あんな強く生きられる勝永が死ぬ訳がないです。勝永は大坂の陣で豊臣恩顧としての役目を立派に果たし、その後はきっと穏やかな生を全うしたんだ。そうであるべきだ。
2/21 23:46[ Twitter for iPhone ]


<2/22>
大坂将星伝 中巻。朝鮮出兵と関ヶ原の巻。登場人物一覧に郭絶義や郭再祐もいる。
2/22 22:37[ Twitter for iPhone ]

第一章 艾蓬(がいほう)の矢。背景は豊前毛利氏系図。勝永とおあんの婚礼、肥後の国人衆謀反。国人の、今まで通りに肥後で過ごしたいだけと言う発言に心を寄せる太郎兵衛に対し、検地を先延ばしにはさせない、降る者には寛容だが条件をつけてくる者には厳しい秀吉様の命を全うする宗茂。
2/22 22:46[ Twitter for iPhone ]

城井谷城に太郎兵衛は経久だけを伴って向かった。艾蓬の矢は城井鎮房が持っていた伝統の技に使用したもの。暫くして肥後一揆勢は降伏するも厳しく処された。
2/22 22:49[ Twitter for iPhone ]

第二章 唐入り。背景は亜細亜諸国ノ図。小田原戦は一行で終了。秀吉様が吉成に語った「大にして広き国」。この言葉は三成や勝永に受け繋がれる最も大切な志となる。小倉の町にて清正初登場。唐入り宣言。名護屋城にて信繁初登場。信繁は風来坊臭?信繁に敬語の勝永可愛い。
2/22 22:55[ Twitter for iPhone ]

(自分の)弱そうに見える姿に敵が油断したから勝てた、と言う信繁に、「それは源次郎さんが強いからでしょ」と答える、ここの勝永と信繁の会話可愛い と言うか勝永の口調が可愛い。
2/22 22:56[ Twitter for iPhone ]

船上の子供として木村十兵衛こと重成も初登場。本多平八郎と立花左近、東国と西国無双のようになりたいと言う十兵衛。勝永→十兵衛の表現が「男であるのが信じられないほどの美しい顔」「勝永の胸が思わず高鳴るほどに可憐な顔立ち」「小首を傾げる仕草が放つ色気は幼子とは思えぬ妖しさ」って凄い。
2/22 23:01[ Twitter for iPhone ]

文禄の役終了、吉成は1594帰国。 第三章 義の在処。拾丸誕生、秀次事件。重成が勝永の元に預けられたっての萌ゆる…。父を殺した治部少輔を恨む十兵衛。三成も苦悩の表情だったことを知る勝永は重成を諭す。二度目の出兵は志の戦ではなく意地と感情の出陣であると周囲は受け取っていた。
2/22 23:09[ Twitter for iPhone ]

秀吉様が勝永に「豊前の国人一揆、お前がやろうとしていたことは嫌いではない」「敗れようとする者、滅びようとする者への心遣いは忘れてはならない、その心がなければ大にして広き国など建てられない、唐入りでもその心忘れるでないぞ」と語る。
2/22 23:13[ Twitter for iPhone ]

秀吉様が下がった後、三成と毛利父子の会話。秀吉様と言う太陽は時折翳る様になったと語る三成。ただ、日はまた何とでも昇る。その志が生きている限りまた昇るのだ。三成は、殿があそこまで熱く言葉をかけるとは…と、何処か優しい眼差しで勝永を見つめる。
2/22 23:16[ Twitter for iPhone ]

郭絶義を誘い渡海する勝永。豊前毛利勢を含む第三陣は清正を先鋒、秀元を総大将とする右軍に。郭再祐と絶義の兄弟の対決。朝鮮人とは戦わないと言う約束で渡海した絶義だが兄の義軍に対し勝永らは苦戦する。12/26 西生浦城着。おお…土地勘が分かるぞ…。
2/22 23:24[ Twitter for iPhone ]


<2/23>
勝永は絶義統久お玉のみを連れて蔚山城へ。悲惨な蔚山城戦。慶長3年秋、勝永は既に秀吉様が亡くなっていたことを知っていた。秀吉様の今後の方針、遺志を使者に確認するも、秀頼様のことだけを心配していたと答える使者。島津と李舜臣の戦い、郭兄弟対決。11/24毛利父子も釜山を後にする。
2/23 0:11[ Twitter for iPhone ]

第四章 太閤の跡目。背景は慶長大名配置ノ図。勝永に懐く国松8歳こと山内忠義。七将の三成襲撃事件。伏見城の一角、治部少丸に立て籠もった三成に話をしに向かう勝永。ヤスを頼ると言う三成。左近が勝永を逃した隠し穴は、何の関ヶ原合戦伏見城攻めへの伏線。清正三成の対立を子供の喧嘩と言う幸村。
2/23 0:18[ Twitter for iPhone ]

ヤスの所に三成を匿ってくれる様に頼む勝永。秀吉様の志を理解しようとしないヤス。直江状と西軍会合。佐和山に集いしメンバーは三成左近全登幸村吉継行長長盛恵瓊勝永。何このドリームキャスト。宿にしている寺の前で出会ったのは毛利秀元。また輝元も登場。
2/23 0:26[ Twitter for iPhone ]

第五章 大戦略。背景は徳川内府乃石田治部少輔軍旗ノ図。吉成は小倉、勝永は関ヶ原へ。朝鮮から帰って以来の、盛親との再会。西軍に参加するつもりはなかった盛親だが結構あっさり西軍に。伏見城攻めで豊前毛利隊は3000の三割が討死、多くが重傷。父の側近の九左衛門も討死。
2/23 0:31[ Twitter for iPhone ]

第六章 南宮山。背景は関ヶ原合戦ノ図。関ヶ原自体を虎口にしてあると説明する三成と吉継。秀忠遅参の話を聞いて幸村を思い出す勝永。左近にスカウトされる勝永の横に現れたのは全登。そして南宮山。秀元はまだ良いが広家の空弁当ほんと滅びろとしか言いようがない。そして金吾裏切り。
2/23 0:38[ Twitter for iPhone ]

関ヶ原が終わり義弘と会う勝永。三成の軍使から受け取った手紙には「ぶぜんどのへ」「志」とのみ三成の字で書かれていた。勝永が拾さまを崇敬しているの大好き。
2/23 0:42[ Twitter for iPhone ]

おあんの元に戻った勝永。「もう終わりなのですか?」の質問に「戦は終わったが…」と言った後、一戦の勝敗ではない、と言う妻の視線に「終わらない、続いていく」と力強く応じる勝永。中巻終。
2/23 0:44[ Twitter for iPhone ]

予告。封地を失い、土佐の地で逼塞(ひっそく)する毛利豊前守勝永ー。家臣の多くは去り静かに年月だけが流れてゆく。しかし、その志の焔は消えてはいなかった。関ヶ原より十余年。天下を掌握した家康が、国を閉しわ、豊臣家を滅ぼして日の本に安逸の眠りをもたらさんとする時大坂城に強者どもが集い、
2/23 0:47[ Twitter for iPhone ]

戦国最後の大戦の幕が上がるーー!いざ、大坂の陣。綺羅星の如き武将たちが、太閤の城に参集する。徳川家の宿敵、真田信繁。天下無双の侍大将、後藤又兵衛。四国の覇者が息、長宗我部盛親。宇喜多家を支えた切支丹武将、明石全登。勇謀兼備する豊臣家の忠臣、大野治房。若く美しき獅子、木村重成。
2/23 0:50[ Twitter for iPhone ]

彼らを導き戦場に勇躍する武将の名はー毛利豊前守勝永!これが、“本意”を貫いた漢の生き様ー。 大坂将星伝 下 二〇一三年三月発売予定ーー。
2/23 0:52[ Twitter for iPhone ]

もうこの予告だけでうおおおおお大坂の陣来たあああああってなるし七将星の名前羅列されるだけで血液沸騰するしアドレナリン過剰流出しておかしくなる。
2/23 0:53[ Twitter for iPhone ]

下巻の序章、勝永と息子雄千代の剣の手ほどきを眺めるおあん。二人目の子供を身籠っているおあんは、目に見えて体調が悪くなった。次に産まれてくる子が男の子だったら太郎兵衛をつけたいとお玉に告げるおあん。
2/23 0:57[ Twitter for iPhone ]

第一章 敗残の日々。山内家で優遇された生活を送る勝永。次男出産と同時に亡くなるおあん。家臣・宮田甚之丞の名を借りて久々に京都に向かった勝永は、堺で治房と出会う。巨大な大坂城を紹介し、当時よりもっと良い城になっている事、戦はまだ終わっていないことを示唆する治房。
2/23 1:05[ Twitter for iPhone ]

全登のことを聞いた勝永は天満宮近くの全登に会いに行く。京都では寺子屋先生をしている盛親に再会。堺を発つ塩飽伝八郎の船で相変わらず船酔いしてる勝永。その船にいた伝八郎の娘、とよ。とよは、その後まで勝永を支える存在となる。
2/23 1:08[ Twitter for iPhone ]

第二章 隠遁者たち。背景は南禅寺長老 文英清韓起草 方広寺鐘銘。年を取りボケ始めた吉成の死。山内家には仕えないと言う息子勝家。ナレ二条城会見。方広寺鐘銘と大坂の事情に詳しい統久に誰から連絡が来ていると問い詰める勝永。統久が持っていた書状は又兵衛のものだった。そして又兵衛訪問。
2/23 3:50[ Twitter for iPhone ]

又兵衛は息子 左門基則が黒田刺客に囚われた時、黒田家中の者が堺で濫妨を働くことは許さぬと刺客を磔にした秀頼様に御恩を感じていた。秀頼様は「天下を任された太閤の子として牢人衆を憐れに思い、寺社を造営するなど職を与えて大御所に敵意を持ったことなどない。父との戦いを破って
2/23 3:51[ Twitter for iPhone ]

我らへの無理難題はもはや許すことはできぬ。天下の義はいずれにあるか、この一戦で決まる。」と言うお言葉畏れ多い。そりゃあ又兵衛だけでなく豊臣恩顧としては秀頼様の元に馳せ参じますわ。
2/23 3:53[ Twitter for iPhone ]

そして治房までもが勝永に会いに来る。肥後の郭絶義の所に向かい「太閤さまや治部少輔どのから受け継いだ志を遂げたい!」と己の本心を吐露する勝永。勝永ととよとの婚礼の名目で宴を催し、寝たふりをしてくれている忠義らに感謝し勝永は大坂へ。お玉も合流してテンション上がってくる。
2/23 3:57[ Twitter for iPhone ]

第三章 真田丸。背景は冬陣城南ノ図。竹田永翁、御宿勘兵衛、治房と会う勝永。馬揃えの見た目には拘らずその金で銃を購入する豊前毛利隊。重成の美しい描写が美しい。賑やかな馬揃え。城方と客将で揉める軍議。城から離れ野戦を主張する牢人衆だが、秀頼様は天下の戦を天下の耳目の集まる形で行うと。
2/23 4:06[ Twitter for iPhone ]

又兵衛が治長を悪い男ではないと言い治房が兄を右府様とお袋様をお慕いする余り己を見失うことがありますと評するの好き。その後、木津川砦、野田福島、鴫野今福、博労淵、真田丸。うさぎ狩り~の名代は大助が言ったことになってた。
2/23 4:12[ Twitter for iPhone ]

第四章 和と戦。背景は豊臣秀頼馬印ノ図。軍旗 金切裂、大馬印 朱吹貫に金軍配団扇、小馬印 逆瓢箪に金切裂。大筒に対して驚かない勝永達。殿からの呼び出しとして秀頼様と勝永の会話あるんだけどここめっちゃ素晴らしいから;;
2/23 4:16[ Twitter for iPhone ]

秀頼様の声は不思議な威厳と柔らかさを兼ね備えていたとか、壱岐守と秀吉様の関係を自分と重成の様なものかとかつに問いかけたりとか、「長門守を始め忠を尽くしている者に恵まれている」と言う秀頼様の言葉に重成が照れくさそうに顔を伏せたとか。
2/23 4:22[ Twitter for iPhone ]

「豊前守よ、そなたも父と同じようにわしに仕えてくれるか」「もちろん、城に入ってよりその覚悟です」「そうではない。私の黄母衣衆となって、助けて欲しいのだ」秀頼の頬が紅潮していることに、勝永は気付いた。←薄い本かと思った。
2/23 4:24[ Twitter for iPhone ]

本当の意味で豊臣譜代と呼べる家臣が今や殆どいないことを語る秀頼様。(父が亡くなる直前に誰を頼るべきと言い残していたか聞いた。徳川毛利上杉宇喜多加藤福島浅野…だが彼らの内家が続いている者は皆あちら側だ。その時、父が最も恃むべきと言い残していた者の名を知った。」
2/23 4:27[ Twitter for iPhone ]

毛利壱岐守、と秀頼が父の名を口にした時、勝永の全身に喜びと共に戦慄が走った。←ここ読んだ時私も同じ感情だった。
2/23 4:29[ Twitter for iPhone ]

「関ヶ原の時、石田治部が城を訪ねて来た。私はまだ八歳で、これから何が起こるかわからなかった。ただ、いつも厳めしい顔の治部がこう言った。自分に万が一のことがあったら、毛利豊前を頼りなさい。太閤さまと私の心を受け継いであるのは、彼しかいません、と言い残して去って行った。」
2/23 4:32[ Twitter for iPhone ]

畳についた手が震えていることに、勝永は気付いた。←ここも震えた。 我々を正しく戦わせてやって欲しいと語る秀頼様。「大御所と我々では望む天下の姿が違いすぎる。」秀吉様と治部少輔の志は日本のみに止まらぬ真の天下に広がる大にして広き国。
2/23 4:36[ Twitter for iPhone ]

勝永は喜びに肩まで震え出していた。仕えるべき主が、志を同じくする主君が、目の前にいる。←ここもーーーって言うか地の文も秀頼様のお言葉も全部好き。
2/23 4:37[ Twitter for iPhone ]

勝永は顔を上げ、秀頼の顔をまじまじと見つめた。不思議な風格をまとぅた太閤の子は、危ういほどに澄んだ瞳で勝永を見つめていた。←ここも好き。 鷹揚に頷いた秀頼は、ほっとしたような笑みを浮かべた。思わず引き込まれるような、透き通った笑顔であった。←ここも好き。
2/23 4:38[ Twitter for iPhone ]

秀頼様が断固として和議を拒んだことに、右府様のお覚悟はあれ程のものだったのかと驚く又兵衛。揉めに揉める軍議だが、最終的に秀頼様が大御所が死ぬのを待とうと言うのは今や敵に回った市正と同じ台詞を言うとは何事か、城を枕に討ち死にするとも辱めは受けぬ、と告げて軍議は終わる。
2/23 4:43[ Twitter for iPhone ]

ざわめきはしばらく収まらなかったが、広間の気配は随分と明るいものとなった。総大将である秀頼が凄まじい戦意を見せたからである。「さすがは太閤さまの子だな」又兵衛も久しぶりに爽快な表情を浮かべていた。←ここも好き。
2/23 4:45[ Twitter for iPhone ]

だが右府様のご意思で「戦うために和議」となる。重成とヤスの誓書取り交わし場面、こっそり勝永が配下の者に化けて行くのユニークだな。伊奈忠政に囲まれてヤスの陣へ連行される勝永。将棋を指すヤスと勝永。
2/23 4:52[ Twitter for iPhone ]

和議はなったものの城取り壊しで揉める城方。戦は終わったと思っている城方と真っ最中だと思っている関東方。治長と治房の言い争い。そして、大坂の兵が京に火を放ったと何の根拠もない言いがかりをつけ、大和か伊勢への転封と牢人衆の放逐を突き付けて来た。
2/23 4:57[ Twitter for iPhone ]

第五章 戦端、再開。背景は大野治房大和紀伊攻ノ図。治長襲撃事件。治房家臣、成田勘兵衛の従士が犯人だったが、勘兵衛自身が自害していたため真相は藪の中に。大和郡山城の戦い、大和衆は勝利したものの、徳川方が大勢押し寄せたため半日で大坂へ撤退しなければいけなかった。
2/23 5:01[ Twitter for iPhone ]

岸和田城の治房、樫井の塙団右衛門。崩れて行く大坂方の描写は痛々しい。
2/23 5:03[ Twitter for iPhone ]

第六章 小松山散華。背景は道明寺合戦ノ図。又兵衛勝永幸村が酒を酌み交わす所好き。太郎兵衛と左衛門佐殿には急ぐよう言ってくれ、と先に国分に行って奴らを食い止めようとした又兵衛。外記たちが小松山に取り残されているのを見て、周囲の止める声も聞かず小松山に取って返した又兵衛。嗚呼…。
2/23 5:08[ Twitter for iPhone ]

又兵衛の死に膝をつく幸村を励ます勝永。そこに現れた騎馬武者が長門守の死を告げる。勝永は全軍撤退を命じた。
2/23 5:10[ Twitter for iPhone ]

第七章 霧の中で。背景は八尾・若江布陣図。重成の奮闘と死、盛親の撤退。又兵衛の死に大いに落胆する盛親。あくまでも全登は明るい。落ち込みがちな城中に全登の調子外れな讃美歌が響くと、人々の険しい表情も緩んだ。勝永、全登、治房の会話。
2/23 5:14[ Twitter for iPhone ]

第八章 浪の花。背景は天王寺・岡山合戦布陣図。軍議。この戦で采配を振るうは勝永。総大将としての威厳が全身から噴き上がってくるようであった。この時の秀頼様、太閤の子としての輝きを手に入れていたっての好き。
2/23 5:17[ Twitter for iPhone ]

戦いがなし崩しに始まったものの、勝永も信繁も焦る様子はなく普段通りの様なやり取り。宗茂と勝永は懐かしい組合せ。宗茂の間合いをすり抜けた=心を制した勝永。絶義とお玉は奮戦するも討ち死に。信繁と大助の別れ。全登は本懐ならず。
2/23 5:25[ Twitter for iPhone ]

治房は7日早朝治長に呼び出されていた。「この忙しいのに何の用ですか」戦が始まる前兄弟の口論は絶えなかった。「すまぬ。その…こうして話すのは久しぶりだな。」「な、なんですか」治房はいつになくしおらしい態度の兄に驚いていた。←大野兄弟ィィィィー!
2/23 5:28[ Twitter for iPhone ]

「弟のお前に対して言うのはなんだが、お前しか豊臣家を守れる者はいないと考えている。後藤真田毛利は天下の英傑だが、お前は彼らに決して劣っていない。それを忘れるな。」「あ、ああ」「戦が終わったら酒でも飲もう。じゃあな」早口で言うと治長はそそくさと去って行った。
2/23 5:29[ Twitter for iPhone ]

治房は体中がむず痒くなったが、それでも嬉しかった。幼い頃は兄に誉められると嬉しかったことを思い出した。そして兄の期待は言葉だけのものではなかった。治房には各軍の寄せ集めとはいえ二万の人数が与えられ、城の南東、岡山に布陣する徳川秀忠率いる五万の軍勢に対することが命じられていた。
2/23 5:31[ Twitter for iPhone ]

ここね…私今まで大坂の陣の小説そこそこ読んで来たけれど大野兄弟の心のやり取り書いた作品皆無だったから、この描写が嬉しくて可愛くて大野兄弟好きだからほんと嬉しかったんだよ。
2/23 5:32[ Twitter for iPhone ]

治房&大和衆の勇ましい戦い。城の皆さまはご自害なされた様子、と報告を受けても国松さまを探し続けた治房。心置きなく戦いたいと思っていた盛親は見切りをつけて落ち延びた。
2/23 5:35[ Twitter for iPhone ]

城に戻った勝永。場所は山里丸。治長が淀殿の背中を貫き通す。秀頼様に城を出ましょうと告げる勝永。だが秀頼様は認めない。
2/23 5:39[ Twitter for iPhone ]

「城を焼かれ、数万の将兵を失って生き続け、己は天下人であると名乗れるほど、私は面の皮が厚くないのだ。それに、このまま一人で冥府に行かせては母上が不憫でならぬ。」「毛利豊前守に右大臣豊臣秀頼として命じる。この首を落とせ。」勝永ははっと平伏する。
2/23 5:40[ Twitter for iPhone ]

そして秀頼は顔を近づけ、「そしてお前は城を落ちよ」と付け加えた。今度は勝永が驚く番であった。←この秀頼様のお言葉も本当好き。 「父と治部少輔から引き続いだ志と共に、本意を通せ」←ここで秀頼様は父上の志、勝永の志を本当に理解して未来に繋げた。正に太閤の御子。
2/23 5:43[ Twitter for iPhone ]

これまで大儀でしたなと勝永に声をかけられた治長。「私は最後まで右府様とお袋様に忠義を尽くした。それだけは胸を張って、太閤様にまみえるよ。」秀頼様の首を抱いたまま城から抜ける道を勝永に教える治長。全てが終わった。
2/23 5:46[ Twitter for iPhone ]

終章 蘖(ひこばえ)。背景はなし。葉が一枚と「聲譽流傳千古 嗟乎英雄起人」(せいよはせんのにるてんし ああえいゆうひとをおこす)の言葉。
2/23 5:49[ Twitter for iPhone ]

戦の終わり。盛親は処刑、全登は行方不明、治房も行方不明。内藤元盛は腹を切らされた。土佐では勝永は秀頼に準じて死んだと言うことになって疑うものもいない。次男の太郎兵衛を育てるとよにも同情の目が集まっていたが気丈にもなみだ一つ見せず日々を過ごしている。
2/23 5:52[ Twitter for iPhone ]

おとよの父である塩飽伝八郎。村のお社にお祈りに行ったと言う村人の「心から本意を遂げようとする者には、神さまも力をお貸し下さるのかも知れないぜ」の言葉に涙を流す伝八郎。
2/23 5:57[ Twitter for iPhone ]

大坂落城から三年後。大坂方の侍達も再仕官が許されようとしていた。豊前毛利の家老格だった宮田甚之丞にも誘いがあった。子供達の石合戦を目にする甚之丞。劣勢だった方が一丸となって勝利。そんな良い戦ぶりをした少年に声をかける甚之丞。
2/23 6:01[ Twitter for iPhone ]

「たろべえさんっていう牢人が教えてくれたんだ」「大きく世を見ていれば、どれだけ追い詰められても必ず勝機はあるって教えてくれたんだ。その一瞬を見逃さずに皆で突っ込めって」「どこにも仕えないんだって。俺が仕えているのは日本など及びもつかない、広い広い天下だって言ってた。」
2/23 6:03[ Twitter for iPhone ]

甚之丞は赤間川の堤に登る。はるか向こうに、三つの影が見えた。誰よりも広き世と大きな志を胸に抱いた主君、無双の銃手、頼もしい息子の後ろ姿に見えた。甚之丞は万感の思いを籠めて一礼し、風の中に消えて行く影をいつまでも見つめていた。
2/23 6:06[ Twitter for iPhone ]

もーーーーのすごく名作でした。大絶賛します。好きな箇所だけ引用するつもりが全部書き出したくなるくらい好き。勝永だけでなく物語の構成も戦の描写も読みやすく盛り上がり読後感も気持ち良い。秀頼様の最後も悲しい筈なのに清涼感があった。それは秀頼様が生を全うしたから。潔く美しかった秀頼様。
2/23 6:08[ Twitter for iPhone ]

この小説に出会えて良かった。勝永の一代記、仁木さんも仰っていた通り断片的な資料しかない勝永だからこそ推理と想像の余地がある。願わくばどこが史実なのか教えて貰いたい。参考文献の御本端から全部読んでみたいくらい。
2/23 6:11[ Twitter for iPhone ]

素敵な小説を有難うございました。文庫版も楽しみにしてます。初夏以降はポケット勝永します!
2/23 6:13[ Twitter for iPhone ]




纏め感想は最後の方でツイってたので内容被ってしまうのだけれど、
勝永の人生にずっと夢を見ていたい、心地良い終わり方でした。

大坂の陣を賛美するにも、死に花を散らすためだけに豊臣方で戦ったと言うのは
好きじゃなくて、戦いはあくまでも五分五分で、最後まで諦めなかった武士が好き。
治長の最後も無念で満ちていたけれど、
それは治長の目指した結果が成就出来なかったからであり、
彼は彼の信じる道で最善を尽くして豊臣家を守ろうとした。
どちらが正しかったかは分からない、各々の目的も一つではない。
ただ、城方も客将も、豊臣家の為に力を合わせて戦った。
最後の戦の前に、秀頼様は豊臣家の為ではなく各々の目的の為に戦えと告げた。
各々清々しさを感じさせる生き方で、それがとても素敵だった。

大坂将星伝は、大坂城七将星の物語。大坂の地で、綺羅星の如く輝いた武士たちの物語。
その輝きは未来永劫潰えることはないのだなと胸が熱くなりました。

物語のテーマ、構成、登場キャラクター、キャラ造形、その個性、
台詞や言葉選び、そのどれもが素敵だった。
この小説に出会えて良かったです。
関連記事

コメントの投稿

 管理者にだけ表示を許可する
Copyright © BAD END. all rights reserved.