BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/02/25(木)   CATEGORY: 美術館・博物館
大阪城天守閣 「真田幸村をめぐる人々」「『天下統一の時代』を生きた人々―僧侶・公家・侍女など―」見て来ました。
大阪城天守閣の常設展「真田幸村をめぐる人々」、
「『天下統一の時代』を生きた人々―僧侶・公家・侍女など―」を見て来ました。
極楽或は地獄のあった場所。

今年も大阪城天守閣の企画展はフルコンプしたいところです
少なくとも戦国関係なら抑えに行きたいいです。


下記、公式サイトより。
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<概要>
 「真田幸村をめぐる人々」
早くも話題沸騰の大河ドラマ「真田丸」。主人公は戦国武将随一の人気を誇る真田幸村(信繁)ですが、今回の展示では幸村や父昌幸、兄信幸(信之)といった真田一族のほか、幸村の生涯と深いかかわりを持った武将たちゆかりの文化財を展示します。

◆主な展示品
鉄二枚胴具足        昇梯子文革包二枚胴具足
↑鉄二枚胴具足(真田幸村所用)  ↑昇梯子文革包二枚胴具足(真田信幸所用)

・六連銭紋馬印(真田幸村所用) 〈高津古文化会館蔵〉
・武田二十四将図
・徳川家康二十将図
開催日時 平成28年2月2日(火)~3月16日(水)
開催場所 大阪城天守閣 3階展示室


「『天下統一の時代』を生きた人々―僧侶・公家・侍女など―」
16世紀から17世紀はじめに至る「天下統一の時代」を演出した主役はいうまでもなく武士でした。が、武士ではない公家、宗教者、庶民などはこの時代どのように身を処し、武士とかかわり、役割を果たしたのでしょうか。今回は特にこうした「武士でない人びと」をとりあげ、天下統一の時代の諸相を浮き彫りにしたいと思います。

◆主な展示品
西笑承兌画像せいしょうじょうたいがぞう
↑西笑承兌(せいしょうじょうたい)画像  (大阪城天守閣蔵)

・豊臣秀吉朱印刀狩条目 天正16年7月8日付 (大阪城天守閣蔵)

開催日時 平成28年2月3日(水)~3月17日(木)
開催場所 大阪城天守閣 4階展示室
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以下、ツイログ。

<2/25>
東方角の下、草地には配水池。大阪市が100年以上前に設けた大阪で最初の上水道施設。当時は大阪市で一番高い場所でここから市民に水を供給していた。近年の調査でこの下に秀吉様の大阪城天守の土台の石垣が眠っていることが判明。二の丸には梅林。外堀の向こうは市民の森。遠くには生駒の山並み。
2/25 10:21[ Twitter for iPhone ]

北側。極楽橋と青屋門。幾つもの川の合流は、手前から平野川寝屋川大川。これらは大阪城の築城以来、北の城の守り。大阪ビジネスパーク、大阪城ホール。
2/25 10:24[ Twitter for iPhone ]

西側。内堀、西の丸庭園。現在は桜の名所。大阪の桜の開花日はここが基準。乾櫓、千貫櫓、煙硝蔵など古い櫓あり。その向こうに大阪湾、天気が良いと遥か彼方に淡路島が見える。
2/25 10:26[ Twitter for iPhone ]

南側。手前に鯱鉾、真下に本丸、左に旧陸軍第4指南司令部庁舎は三代目大阪城と同時期に作られた。緑の屋根が豊国神社。この辺りは当時の二の丸で一番櫓、六晩櫓もある。大阪歴史博物館、NHK放送局、難波宮史跡公園。
2/25 10:30[ Twitter for iPhone ]

四階。プロジェクターに展示概要が表示されてる。前回までは普通にパネル展示だった。
2/25 10:33[ Twitter for iPhone ]

絵本太閤記、吉野花見図屏風、教如上人画像、教如上人書状(三成宛。検地に赴く三成への労いの言葉と、道服を送ると書いている)、西笑承兌画像、天海書状(堀田正盛宛、雨中の訪問を感謝)、歌仙絵屏風、秀次朱印状(島津彰久宛。近衛信輔配流事件に対し護送の手配を指示)。
2/25 10:59[ Twitter for iPhone ]

羽柴秀吉判物(水無瀬兼成宛、領地支配保証書)、豊臣秀吉朱印状(水無瀬兼成宛、知行あてがい)、モンタヌス日本誌 挿絵貴婦人を運ぶ車(本人は日本未訪問、想像で描いてる)、秀吉様書状(侍女たたきころす)、同(何かの集まりに招待されず立腹の東、客人と言う二人の侍女への詫び状)。
2/25 11:04[ Twitter for iPhone ]

侍女よめ血判起請文。北政所宛。秀吉様から預けられ天守や倉庫で保管してあった道具類は別に書き上げた帳面の通りで間違いないと言う内容。大坂城天守は金銀茶道具衣類など豊臣家の宝物庫として利用されていたが伏見でも同じだったと思われる。本書の「御天守御くらぐら」がどちらかは不明。
2/25 11:07[ Twitter for iPhone ]

何れにせよ秀吉様はよめを信頼出来る人間と見込んでそれら財宝類の類の管理を委ねていた。
2/25 11:08[ Twitter for iPhone ]

秀吉様朱印状刀狩目録。
2/25 11:08[ Twitter for iPhone ]

三階。武田信玄画像、信玄書状(小山田虎満宛。北信濃の戦闘に関し真田幸綱と共に東条、綿内への攻撃に専念する様書く)、武田信玄配陣図屏風(甲州流軍学に基づく理想的武田軍配置を現している)、武田二十四将図、武田信繁錦絵。
2/25 11:48[ Twitter for iPhone ]

武田勝頼書状。長篠救援を目指す勝頼が作戦詳細を山県昌景に指示したもの。1573/8/25のもの。勝頼は達筆。長篠合戦場之図。武田三代記 信州川中嶋大合戦錦絵(幸綱、昌幸もいる)、上杉謙信画像、謙信書状(信長宛、稲羽山攻略を祝っている)。
2/25 11:52[ Twitter for iPhone ]

月島芳年「大日本名将鑑」の内、上杉弾正大弼謙信、甲斐 武田大膳大夫入道信玄、上杉輝虎入道謙信。上杉景勝書状(鮭や鱒等の塩物を贈って来た直江大和守=本多政重への礼状)。直江兼続書状(本庄長繁宛。秀吉様から出羽への使者が只今向かったとの内容)。
2/25 11:58[ Twitter for iPhone ]

北条氏政書状(家臣 宇津木氏久の戦功を賞す)。北条氏直朱印禁制(日蓮宗法寿寺へ旅人宿泊、草花刈取、乱暴狼藉を禁ず)。北条氏直人馬手形。信長画像複製、唐獅子唐織陣羽織複製(信長所用)、信長朱印状(久我敦通宛。武田滅亡二週間後。まもなく帰る)。大日本名将鑑 織田右大臣平信長の錦絵。
2/25 12:03[ Twitter for iPhone ]

秀吉画像複製(宇和島伊達博所蔵)。馬藺後立付兜複製(現物はトーハク。秀吉様から、九州攻めにて岩石城攻略の功績によって西村重就に与えた)。三成画像。三成書状(神谷宗湛宛。秀次事件が落ち着いたことを記載)。吉継書状(宛先不明。秀吉様が小田原近くの春閣寺に到着した)。関ヶ原合戦絵図。
2/25 12:09[ Twitter for iPhone ]

真田昌幸画像複製(原本は原昌義氏蔵)、諸国城郭縄張図 上田、信州上田合戦図、真田信之画像複製(原本は原昌義氏蔵)、昇梯子文付革包二枚胴具足(信之所用。若年時使用。酒井忠清嫡男の忠孝が具足始めの時に進呈。忠清は嫡男信吉正室の父。確かに小さめなサイズ)。
2/25 12:14[ Twitter for iPhone ]

鉄二枚胴具足(幸村所用。手甲に六文銭。)、幸村画像複製(原本は原昌義蔵)、六連銭文馬印(京都 高津古文化会館蔵)、黒田二十四騎図(又兵衛)、キムシゲの槍穂と螺鈿鐙(若江合戦で重成が本陣と定めた馬場家伝来)。キムシゲの首に伽羅の香り、お歯黒ってマジ平家公達の再来だから;;
2/25 12:19[ Twitter for iPhone ]

大坂阿倍野合戦之図(瓦版)、真田信政書状(西山左京宛。左京が細川忠利と仲良いことを喜ぶ)、大坂夏の陣図屏風複製右隻のみ。残りは徳川系。加藤嘉明の金銀象嵌南蛮兜また見た。秀忠書状、忠勝書状本多忠昌画像等。
2/25 12:23[ Twitter for iPhone ]

ふおー、面白かったけどやっぱ凄い時間かかる。でも面白かった!
2/25 12:25[ Twitter for iPhone ]

真田幸村と戦国わかやま物語のパンフも手に入れたぞー。こりゃ和歌山行くしかないわ。
2/25 12:32[ Twitter for iPhone ]

2時間に一本で15:15の既に出てるから無理です 大門寺はまたいつかの機会にする。
2/25 15:24[ Twitter for iPhone ]

大阪城天守閣に3時間、梅林に1時間費やしたから茨木市は大門寺も市立文化財資料館も次回に持ち越しになってしまったな。大門寺はそもそも時間用意しとかないと難しいからまたの機会に…。道明寺関連も要リベンジだし九度山も高野山も行きたいしほんと纏まった休みが欲しい。
2/25 17:13[ Twitter for iPhone ]

でも大阪城を駆け足で見るのは絶対嫌だから朝一で行ったのは間違ってない。本当は9時開門と同時に見られるくらいが理想的だけど、9:30頃駅に着いても天守まで行くのに寄り道したりするし、特に今回は山里丸の工事が終わって散策捗ったから10時前になっても仕方ないんだわ。
2/25 17:15[ Twitter for iPhone ]




企画展の感想はこれくらいなんですけど、兎に角今回の驚きポイントとしては
山里丸の工事がほぼ終了していたことと、5階の「大坂夏の陣図屏風の世界」が
プロジェクターによりスタイリッシュになってたことで す。
私は大阪城1~2か月毎に行っているから分かるんだ…!

キムシゲの遺品は昨年の「豊臣と徳川」でも見たし、そろそろ勝永関連来て欲しいですわ
と言うか何の企画にかこつけても良いから勝永見たいってことだよ
首を長くして待っておりますお願い致します。
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