BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/03/13(日)   CATEGORY: 美術館・博物館
三渓園 所蔵品展:「山笑う」「三溪旧蔵品―桃山と近代」など見て来ました。
三渓園 所蔵品展:「山笑う」「三溪旧蔵品―桃山と近代」などを見て来ました。
原三渓のこと初めてまともに知った。


<概要>
■期間 3月11日(金)~4月19日(火)【第1・2展示室】
■会場 三溪記念館
■料金 無料(入園料のみ)
■内容
 第1展示室
  原三溪の絵画:「山笑う」 季節にふさわしい絵画8点
  ゆかりの作家:「三溪の支援―観山・紫紅・御舟」
            下村観山《荘子》、今村紫紅《秀吉詣白旗宮図》、速水御舟《寺の径》
  ほか、《美術品買入覚》、原三溪《青琅玕詩帖》

 第2展示室
  臨春閣の障壁画:雲澤等悦《山水図》
  「三溪旧蔵品―桃山美術」:《木製多宝塔》(重要文化財)、《豊太閤古塔の手紙》、
  《太閤御消息》、《秀頼筆豊公御神号》、《秀次仮名文》、《四奉行連署状》
  「三溪旧蔵品―近代美術」:荒井寛方《竹林の聴法》

 第3展示室
  原三渓の書、他
  (第40回三溪園俳句展は3/16~の展)

展示目録はこちら

秀吉様書状、秀頼様御神号等があると聞いたらそりゃあ行くしかないし!
偶然みつけた企画展だったけれど、豊臣充出来て幸せでしたー。


ツイログ。


<3/12>
横浜割と最近来たなと思ったら11月のヘッズアップか。
3/12 10:27[ Twitter for iPhone ]

三渓園着いた。
3/12 11:43[ Twitter for iPhone ]
中身は空っぽ。
親孝行でございますな。

旧天瑞寺寿塔覆堂。秀吉様が母大政所の長寿を願い生前に建てたお墓。折上小組格天井は高台寺を思い出すなあ。
3/12 12:33[ Twitter for iPhone ]

月華殿はヤスが建てた伏見城の中にあった大名控えの間。
3/12 12:33[ Twitter for iPhone ]

所蔵品展「山笑う」「三溪旧蔵品―桃山と近代」など(3/11~4/19)。第一展示室は原三溪の絵画8点、下村観山の荘子、今村紫紅の秀吉詣白旗宮図(秀吉様が鶴岡八幡宮の白旗宮を詣で、頼朝木造に天下取りの友と親しげに話しかけた図。この木造は東博所蔵、重文)、速水御舟の寺の径。
3/12 12:43[ Twitter for iPhone ]

三溪の業績、美の育成について等、パネルを見たら経歴凄い。岡倉天心からの依頼で新進美術家の安田靫彦、今村紫紅、横山大観、下村観山、小林古径、前田青邨、速水御舟、小茂田青樹を後援。稀代ののコレクターとして体系的な収集に努めた。三渓園に移築されてる建物も桁違いに凄いしなあ。
3/12 12:47[ Twitter for iPhone ]

第二展示室。臨春閣の襖絵。(雲澤等悦の山水図。現在の臨春閣には複製がはめ込まれ、これが原資料。第三屋 次の間の障壁画。)荒井寛方 竹林の聴法。(釈迦の説法を聞く人々。第5回文展に出品された大作。)
3/12 12:54[ Twitter for iPhone ]

重文の木製多宝塔。室町時代、1450年銘。建造物としての多宝塔を忠実に縮小し舎利安置塔としたもの。内部の墨書銘より南都(奈良)の大工作であると分かる。
3/12 12:56[ Twitter for iPhone ]

桃山史料。これが見たかった!三溪は桃山以降日本の美術は雄大な発達を遂げたとし桃山時代を最高峰と見ている。納得過ぎる。臨春閣は戦後の調査で紀州徳川の江戸初期の建築と判明し三溪の思い描いた聚楽第遺構ではなかったが、秀吉様の書状等の桃山史料は今も大事に保管されている。
3/12 12:58[ Twitter for iPhone ]

一部を紹介、ってことは今後も違う桃山史料が見られる可能性があるってことだろ テンション高まるわ。豊臣関連もっと見られるなら年パス買うから本当に宜しくお願いしたい。
3/12 12:59[ Twitter for iPhone ]

古塔の手紙。秀吉様が大和郡山城主の甥、羽柴秀保に宛てた手紙。秀吉様は晩年伏見城の内部を侘茶の利休好みにしつらえ滝の座敷と呼ばれる部屋を設けた。手紙では座敷から眺める古い塔の趣向について指図している。
3/12 13:01[ Twitter for iPhone ]

聖護院宛御消息。秀吉様より。聖護院門跡道澄からの草紙や香具などの贈り物に対する令状。謝礼に沈香(香料)を贈ると書いてある。天正16年頃。「三月廿七日 しゃうこいん殿 てんか」の署名。この手紙ほぼひらがなだし説明はないけど恐らく秀吉様の自筆だよな?
3/12 13:06[ Twitter for iPhone ]

秀頼筆御神号。豊国大明神 秀頼 十一歳。金泥で草花文様が描かれた美しい料紙に伸び伸びと書かれている。
3/12 13:07[ Twitter for iPhone ]
秀次仮名文書状。秀次から先に申し入れようとしていた矢先にある人から先に手紙が届いたので恐縮して礼を述べている。年不詳「十一月八日 ひて次」。 めてたく かしく、の文言は私も今後使って行きたい(?)。
3/12 13:09[ Twitter for iPhone ]

豊臣氏四奉行連署状。石田増田長束前田が伝達した文書。伏見に来た異国人の接待のためおとなしい馬を準備して落馬などの事故がないように指示。折紙の形態を、掛軸に仕立てる時に真ん中で切断して上下を読みやすいようにしてある。玄以正家長盛三成の署名と花押。
3/12 13:12[ Twitter for iPhone ]

第三展示室は三溪の墨書中心。三溪が友人、中村房次郎と為に浄書した観音経が見事だった。これは田中親美の作と推定。親美は平家納経の復元に尽力し本作も平家納経を参考にしたと考えられる。金銀箔を散らした荘厳なつくりは豪奢。
3/12 13:16[ Twitter for iPhone ]

庭園が眺められる休憩スペース、苑内や三溪に関する映像を見られるコーナー、抹茶処もあってゆっくりとした時間が過ごせた。素敵な展示に来られて良かったー。
3/12 13:20[ Twitter for iPhone ]

寿塔の覆堂。今三溪園にあるのは中身は空っぽで、寿塔自体は今も大徳寺 竜翔寺にあるとのこと。
3/12 13:34[ Twitter for iPhone ]

ひぐらしのなく頃に。
広大な敷地内に、お寺本堂や仏堂や屋敷な茶室や白川郷みたいな変わりダネまであって、時代も平安、室町、桃山、江戸、近世に至るまで幅広くて、場所も鎌倉、京都、岐阜他余りに飛距離凄いから優雅な日本庭園かと思ったら完全にエンターテイメントパークに見えて来た。
3/12 14:30[ Twitter for iPhone ]

ぱっと見どれも古き良き日本建築…と思いきや歴史を感じるの趣味なヲタクとしては各々が全く調和してないんですよ!各々を楽しむのは良いんだけど次から次へと全く違うもの見せられて感情がついていかない。でもジャパニーズエンターテイメントパークとしては重文見放題だし企画展も含めどれも面白かったよ。
3/12 14:32[ Twitter for iPhone ]

見所が多い分、余計次の場所へと移るたびに悠久の歴史を感じると言うより此処はどこ私は誰みたいになるので脳のCPU低い輩にはちょっとレベル高い場所だった。
3/12 14:34[ Twitter for iPhone ]

まとめ。三渓園面白かった!風景綺麗だし企画展は豊臣的に見応えあったし猫が所々にいて可愛かったし椿や梅も綺麗だった。
3/12 15:10[ Twitter for iPhone ]

1520のバスにちょうど乗れて有難いー。これで一気に横浜に着ける。
3/12 15:21[ Twitter for iPhone ]

まとめ。三溪園の所蔵品。秀吉様の書状、秀頼様の豊国大明神御神号、秀次書状、豊臣四奉行連署状とか見て来た。原三溪が美術パトロン兼コレクターだったのは有名だけど特に桃山時代贔屓で桃山史料を集めてたと言うのでまた豊臣関連の展示見せて給れ。
3/12 19:01[ Twitter for iPhone ]

秀吉様ゆかりと聞くとテンション上がる

仏殿持って来るとかやることが派手
天秀尼様も見たことがあったのだろうか。
秀吉様が大政所の長寿を願って建てた旧天瑞寺寿塔覆堂は桐紋やおめでたそうな彫刻が綺麗で桃山様式を存分に楽しめるものだったし、他にも秀吉様愛用の水鉢とか有楽の茶室 春草盧とか秀頼様ご息女天秀尼所縁の旧東慶寺仏殿とか色々あって面白かった。
3/12 19:09[ Twitter for iPhone ]



今回初めて三渓園行ったんですけど、桃山史料興味ありありなので今後はもっと
真面目に情報チェックしておきたいなと思った次第。

実際横浜自体そんな遠くなかったから豊臣関連来たらいつでも馳せ参じたいです。
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