BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/04/14(木)   CATEGORY: 美術館・博物館
東京国立近代美術館「安田靫彦展」見て来ました。
いざ、竹橋。
東京国立近代美術館「安田靫彦展」見て来ました。

日本画家で好きなお方と言えばまずは菊池契月さんなのだけども、
今回の企画展のニュースを聞いた時に前売り即買いだったから
安田靫彦さんも自分好きなんだなとぼんやり考えた。

「黄瀬川陣」、全く源氏贔屓ではない私ですらおお…本物だ…と思ったしな。


前期と後期で入れ替えがあって、卑弥呼(前期)と額田王(後期)のどっちを見るか、
どっちも見るかと頼朝・義経券(二枚で2000円のお得なチケット)を買っていたのだけれど
このネーミングセンスも良いじゃないですか。

卑弥呼、額田王は日本人100人にアンケート取ったとしても
9割くらいは安田靫彦絵で脳内再生されるんじゃないかと思ってるよ
教科書や資料集に載っているの必ずこの方の絵だもの。

王昭君だと菱田春草のも有名だけど安田靫彦絵のが優勢なのかどうなのか。



先程の公式サイトより概要を引用。
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《黄瀬川陣(きせがわのじん)》や《飛鳥の春の額田王(ぬかだのおおきみ)》など歴史画の名作で知られる安田靫彦(1884‐1978)。東京・日本橋に生まれ、日本美術院の再興に参画し、中核のひとりとして活躍しました。「美しい線」、「澄んだ色彩」、「無駄のない構図」……。日本画に対して誰もが抱くこのようなイメージは、すべて靫彦が作ったといっても過言ではありません。また、生涯かけて歴史画に取り組み、誰も描かなかった主題にゆるぎないかたちを与え、古典の香り豊かに表現したことも特筆されます。

東京国立近代美術館では1976年に回顧展を開催しており、本展覧会はちょうど40年ぶりの開催となります。教科書や切手で見たあの有名作品から、初公開となる作品まで、100点を超える代表作を一堂に集める本展は、端正で香り高い靫彦芸術の魅力を再確認するまたとない機会となるでしょう。

また、94年の人生を生きた靫彦は、若くして亡くなった菱田春草や今村紫紅とさほど年も違わないながら、昭和戦前期のナショナリズムの高揚や戦後の価値観の激変を、身をもって経験しています。時代の大きな流れのなかで、靫彦は何をどう描いたか、そしてそれはどのように変わっていったのか。本展では、靫彦の生きた時代の問題も視野に入れながら、彼の画業をたどりたいと思います。
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この方は歴史画を生涯描き続けていて、その洗練された線、端正な御顔立ちは
品格があって正に歴史画にお似合いなのです。

ただ、20代前半の頃の絵画はもっと重厚な筆遣いで背景もしっかり描かれていたので
その辺は契月さんと似ているかも知れない。
靫彦さんも契月さんも白描画で自己のスタイルを確立された方だしね。

「月の兎」(神様にお供え物が出来ない兎が自ら火に飛び込んでその身を捧げた話)の
作品(本文と9枚の絵によって成り立っていた)が印象に残りました。
猿と狐と兎が描かれているのだけれど鳥獣戯画の様な可愛さがあった。
スッとした線なのだけれど、その無駄のないシルエットの兎の可愛いこと。
鳥獣戯画の様な目が大きい訳でもないのだけれど、生き生きとした姿、
健気な姿勢が特に愛着を沸かせる作品になっていた。


聚楽茶邸の秀吉様他、秀吉様を描いた作品も4点くらいあったかな。

1940-1945の作品は、挙国一致の体制下で期待された報国の役割が、
主題の選択にも、情動を抑えた表現にも、画面の緊張感にも密接に関わって来ると言う
説明はなるほどと腑に落ちた。

94歳まで生涯現役で絵を描き続けた精力は並大抵のものではなかったと思う。



企画展以外に常設展も見られるようになっていた。
こちらも見応えがあり、菱田春草「王昭君」、和田三造「南風」、川合玉堂「行く春」は
特に美しくて印象深かったです。
建物のお向かいが皇居で、桜も少しだけれども残っていた。

近代美久しぶりに来たけど、家からはアクセス良いし美術館の雰囲気も好きだから
また素敵な展示をして欲しいです。
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