BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
恒例の豊臣本を読んだりしていた。

①「秀頼脱出―豊臣秀頼は九州で生存した」
前川 和彦さんの御本。以前読んだことあったけれど感想書いていなかったので再読。
秀頼様生存説は見る度にこれは完全に信仰だし聖域だと思うので
何人たりとも否定してはいけないんだなと言う心境になる。



②「落日の豊臣政権: 秀吉の憂鬱、不穏な京都」 (歴史文化ライブラリー)
河内 将芳さん。
タイトルは豊臣に斜陽感あるんですけど、最初から最後まで光しかない政権なぞ
存在しないし、秀吉様が一世一代でここまでの世界を創ったことを改めて奇跡の様に
思わざるを得なかった。



③「図解 戦国の城がいちばんよくわかる本」
西股 総生さん。初心者でも分かる、通な人にも楽しめるお手頃な一冊。
これを読んだら城攻めがもっと楽しくなる。
どのページを見てもわくわくするし、まだ見ぬお城に行きたくなる。



④「関ヶ原合戦と大坂の陣 (戦争の日本史 17) 」
笠谷和比古さんと言えば二重公儀体制のお人と言うイメージなんですけど
実際に豊臣家の威信があったからこそヤスが豊臣を屈服させなければと思った訳でしょう。
関ヶ原、大坂の陣の戦の動向やその時に出陣した武将等、一般的な内容で
目新しさは特にないけど2007年の御本なのでそれは当然か。



⑤「豊臣秀吉の系図学 近江、鉄、渡来人をめぐって」
宝賀寿男 (著), 蒲池明弘 (著, 編集)さん。
豊臣の系図を辿るとあまりに遠くに広がってしまって
段々分からなくなってしまうんだけど、私が秀吉様周辺しか興味持っていなさげだからかも。
竹中氏系図には反応したけどな。



一冊ずつ紹介。


「秀頼脱出―豊臣秀頼は九州で生存した」
著者が豊臣十八世 木下俊煕さんに会ったところから始まる。
豊後日出(ひじ)藩、朝日新聞で豊臣生存説のコラムを書いている木下崇俊さんのお父様ね。
秀頼様も国松様も大坂夏の陣では死んでいませんよ、と言うところから始まり、
その足跡を辿って行く、そして結論は出ない、と言う御本です。
薩摩逃亡説、死体が出なかったこと、死んだ証拠がない以上、
猫箱で考えるしかないのは今も昔も全く変わらないのであります。

リチャード・コックスの日記で、何月何日に秀頼様生存説についてこの様な話を聞いた、
と言う内容が大坂落城の5/8から一年余り度々書かれている。
始めの内コックスは秀頼様逃亡の噂を頭から信じていないが、途中から徐々に惑わされて来て
1616/10/15になると「秀頼様が生きていると言う噂がまだ残っているが、
結局のところ何が本当なのかさっぱりわからなくなった。」といささかうんざりした感じで、
とうとう投げ出してしまっている。
「そんな噂を流して、いったい何になるのか」と言う言い方までして、
遂にはコックスも秀頼様生存説にそっぽを向いたのである。

この本のそんなスタンスで良いと思います。
立石藩主羽柴家の菩提寺・良照山長流寺に国松様の立派な位牌があるのは
へーっと思いながら読んだけれども、木場家の一子相伝を研究した結果、
国松様が立石藩主であることから秀頼様生存説に確信を持ったとか
歌人である宗連(或いは木下宗連)=秀頼様だとか、この辺りはもう解釈の範疇かと。
この御本は1997年ともう20年も前に書かれた御本ですけど
その後著者は如何お過ごしなのかしら。




「落日の豊臣政権: 秀吉の憂鬱、不穏な京都」
この御本、豊臣好きでない人がこれ読んでここぞとばかりに豊臣sageてたんですけど
豊臣の統治がなければ徳川時代なぞなかった前提が都合よく抜けているの滑稽だった。
態々く暗い面から描いて、そこに原因を見つけるスタイルなので
秀吉様の金配り、金銀貨の流通についても、一部の人は富を見出したが
貧富の差を生み出した、と言うのを一概に善悪で分けられるものはないかと。

見せしめの舞台としての三条河原、辻斬り、石川五右衛門事件など、
不穏な京都の町の情勢についても記載されているけれど、
こんな情勢でも秀吉様が揺るぎない統治をなさっていたことを考えると
改めて畏敬の念を感じるし、天変地異についてはこれは誰の所為でもないし。
秀吉様治世でも慶長大地震ほか災害はあったけど、復興に尽力されていて尊敬致しますし。

「敢えて語られることの少ない闇の部分から、社会の実相を描いた」と銘打っている本なので
まあそんなものだったんだなと思っておけば良いかと。



「図解 戦国の城がいちばんよくわかる本」
イラストがあったり四コマがあったりでお手頃な一冊でした。
巻頭カラーの杉山城を攻めてみた、守ってみた、の解説は面白かった。
山城好きと言うと「何もなくない?」的な反応されること少なくないんで
この御本を読ませてあげたいですね 全然何もなくないですし天然の要塞ですし!
堀切、土塁、虎口、曲輪…これらの単語を書き記しただけでもわくわくして来るでしょう。
お勧めの28城リストもあり、中山城、守谷城、飛山城、皆川城、名胡桃城、
箕輪城、増尾城、諸戸城、腰越城、杉山城とベスト10すらこのラインナップ。
山城は奥深い…私は100名城最優先だったし、豊臣兵且つ石垣派なので
つい西日本ばかり行きたくなってしまうけれども関東のお城も巡ってみたいものです。
縄張り図の基本、読み方なども面白かった。



「関ヶ原合戦と大坂の陣 (戦争の日本史 17) 」
関ヶ原については時間の都合上割愛。

関ヶ原以降大坂の陣に至るまでの豊臣と徳川の関係をどう見るかは
解釈別れるところだと思うけれど二重公儀体制は「存在した」のでしょう。
対豊臣包囲網、軍事的バランス等、過激派徳川兵は何が何でもそれを認めたくない様だけどな。
あと方広寺鐘銘についても清韓自身が意図的に組み込んで、ヤスの名前を勝手に使用したのは無礼、までは
100歩譲るとしても、だから且元と大蔵卿局に全く違う応答をして大坂攻めるってのは飛躍でしょ。
実際に鐘を壊していないのが完全に大坂攻めの口実になれば何でも良かったことを示してるし。

著者は「完成された芸術作品の趣のある関ヶ原合戦に対して、大坂の陣にはそのような妙味がない、
それゆえに大坂の陣の章における合戦の叙述は平板であり、新味に乏しいと言う批判を蒙ることになると思う。
その代わりに、本書では大坂の陣勃発事情の分析に力を注いだ」と記している。
関ヶ原が芸術なのかどうかは分からないけど大坂の陣のが胸が熱くなると思いますけど。



「豊臣秀吉の系図学 近江、鉄、渡来人をめぐって」
秀吉様の出自を刀鍛冶周辺から探って行く姿勢なので成程このタイトルなのね。
母方系図、父方系図、加藤清正系図、青木氏系図、正妻おねの系図、
竹中氏、浅野氏系図、側室成田氏の系図、木下氏系図、鈴木真年と秀吉、鉄の記憶。
おねと秀吉様は結婚前から親戚?とか木下家と日出藩とかは「秀頼脱出」でも
この辺り触れたなあと思いつつ。
出版社である桃山堂ウェブサイトに本書の関連pdfもあるので、
ネットを見ながら本書を読むのは新感覚だったやも。
成田氏のところでは、秀頼様の戒名「龍淵寺天眞性」を紹介するも、
埼玉県熊谷市にある成田氏の氏寺・龍淵寺と秀頼様の関連は不明。
龍淵寺で秀頼様が供養されたの?
この戒名の記述の元となる記録を「系図纂要」の編者(飯田忠彦?)が何処で見たかも不明とのこと。
一般的に秀頼様の戒名は高陽寺殿秀山大居士ですものね。

最後に、豊臣秀吉の系譜研究のためのブックガイドとして6冊ほど、また参考文献に
インターネットの国会図サーチもお勧めされていたけれど結構いっぱいいっぱいだった。





ざっとこんな感じです。
御本読むの楽しいのだけれど感想とか気になるところをピックアップするのに
毎度時間がかかるのが難点である…豊臣の御本が面白いから仕方ない。
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