BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/09/04(日)   CATEGORY: 美術館・博物館
大阪城天守閣「桃山の明暗」、「関ヶ原合戦-西軍に与した人々」見て来ました。
大阪城天守閣の常設展「桃山の明暗」、「関ヶ原合戦-西軍に与した人々」を見て来ました。
秀吉様と黄金。

関ヶ原の方は長浜と姉妹城郭ぽい雰囲気を感じて、
暦的にも大河ドラマの進捗的にもタイムリーな感じはしたけど、
桃山の明暗の方が秀吉様が主役と言って良い程に豊臣推しだったので
個人的には桃山の方が興味深かったです。
元々桃山文化好きだから当然と言えば当然か。


下記、公式サイトより。
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<概要>
「桃山の明暗」
天下統一の時代に花開いた桃山文化――。黄金に輝く屏風絵など、絢爛で明るい気風をたたえるいっぽう、“わび茶”のように、華美な装飾を排したミニマル・アートも盛行しました。
この時代、戦乱がおさまり世は平和を謳歌するいっぽう、多くの人が対外戦争に動員され、農民たちは重い負担に苦しみました。
本展では桃山文化の多面性、天下統一の時代の光と影を見つめます。

◆主な展示品
・重要文化財 南蛮屏風(上陸したカピタン一行部分)
南蛮屏風

・蜻蛉燕文様陣羽織(伝 豊臣秀吉所用)
蜻蛉燕文様陣羽織 (伝 豊臣秀吉所用)
開催日時 平成28年7月22日(金)~10月5日(水)
開催場所 大阪城天守閣 3階展示室



「関ヶ原合戦-西軍に与した人々」
慶長3年(1598)8月18日に豊臣秀吉が亡くなると、豊臣政権内部の対立が一気に表面化し、慶長5年(1600)9月15日には関ヶ原合戦が起こり、徳川家康率いる東軍と石田三成らの西軍が激突しました。今年の大河ドラマ『真田丸』の主人公真田幸村(信繁)は父昌幸とともに西軍に与します。今回の展示では、石田三成や真田昌幸・幸村とともに、西軍に与した人々の遺品、書状、肖像画などを展示します。

◆主な展示品
・関ヶ原合戦図絵巻
関ヶ原合戦図絵巻(大坂城中での評定部分)

・毛利輝元画像
毛利輝元画像

・鉄錆地置手拭形兜 銘 春田光定作(脇坂安治所用)
鉄錆地置手拭形兜 銘 春田光定作

・島左近画像
・縹糸下散紅威胴丸(豊臣秀吉より脇坂安治拝領)
・刀 銘 藤嶋(伝 長束正家所用)
開催日時 平成28年7月23日(土)~10月6日(木)
開催場所 大阪城天守閣 4階展示室

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以下、ツイログ。

<9/3>
4階「関ヶ原合戦 西軍に与した人々」。 関ヶ原合戦図絵巻(当館蔵)、関ヶ原合戦絵図(古川古松軒画。姉川、味方ヶ原、小牧長久手、大坂の陣冬夏と5枚一組)、関ヶ原合戦配陣図、東照宮縁起絵巻、毛利輝元画像、豊臣氏大老連署条目(1595/8/3付、私婚の禁止等)。
9/3 9:47[ Twitter for iPhone ]

毛利秀元書状(家臣 阿曽沼源左衛門宛礼状」、吉川広家書状(厳島の石垣は延期、来年早々に着工)、関ヶ原合戦図絵巻(四大老と五奉行がヤス対策を協議する場面)、豊臣氏五大老連署状(1598/10/16、脇坂安治宛、朝鮮撤退の為船の準備を命ずる)、宇喜多秀家書状(宗真と言う家臣が逃亡)。
9/3 9:51[ Twitter for iPhone ]

秀吉様自筆書状(豪姫宛、秀家はもう直ぐ帰る)、景勝書状(本田政重宛、江戸に到着したと知らせる)、秀頼様黒印状(呉服の礼状)、豊臣氏五奉行連署状(秀吉様没前日に出された書状。下々の者が秀吉様他界と根拠のない風説で騒ぐのは許さない)、長束正家書状(大坂堀普請、大坂築城第四期工事)。
9/3 9:57[ Twitter for iPhone ]

刀 銘 藤嶋(伝長束正家所用)、頭巾と割笄(秀吉様から糟谷武則拝領。ここでは賀須屋の表記)、秀吉様朱印状(糟谷武則宛。近隣の船を集め加古川を渡れるよう計らえ)、恵瓊書状(隆景家臣山田家宛か。隆景の隠居について触れている)、複製三成画像(原本は青森 杉山不一氏蔵)。
9/3 10:02[ Twitter for iPhone ]

島左近画像。狩野山楽の写し。本品を収容する箱の墨書によると左近は関ヶ原を離脱し京都の立山に隠れ住み、その後ヤスに拝謁、晩年は近江伊吹山で暮らし1632/6/26没だと。京都 立本寺の左近墓にも同日の日付あり。同寺塔頭教法院にも同日の刻まれた位牌あり。
9/3 10:05[ Twitter for iPhone ]

複製昌幸画像、諸国城郭縄張図 巻四「上田」、複製幸村画像、吉継書状(小田原は程なく落城)、行長書状(慶長の役の最中、三成と長盛宛。講話と撤兵の為には後ろから追撃されない様に日本の城を残すが得策)、九鬼嘉隆画像複製、九鬼大隅守船柵之図(原本消失。元は日の丸でなく九鬼家家紋 三巴)。
9/3 10:09[ Twitter for iPhone ]

刀 銘 正廣作 助宗止作 九鬼嘉隆愛刀。三巴緋羅紗陣羽織(九鬼嘉隆所用)、脇坂安治知行宛行状、鉄錆地置手拭形兜(脇坂安治所用)、縹糸下散紅威胴丸(秀吉様所用、脇坂安治拝領。胴は縹糸、草摺には紅糸、胸板や裾板には菊や桐紋の金蒔絵、金具廻りは高彫で桐紋と華やかな高級品)。
9/3 10:14[ Twitter for iPhone ]

秀吉様朱印状(秀俊宛。学問に精を出せ、お歯黒は2日に1回…これらを守らなければ仲良くしてあげないと脅す)、秀秋自筆書状(新門主=教如宛。ヤスの所に行くからすぐには会えない)、秀俊蔵入地目録(秀吉様朱印あり)、ヤス感状写し(1600/9/24、秀秋宛)。
9/3 10:17[ Twitter for iPhone ]

3階「桃山の明暗」。1章 黄金をまとう武将たち。蜻蛉燕文様陣羽織(伝秀吉様所用。京都妙法院所蔵の鎧に付属し、その鎧にもこれに似た燕文様あり)、桐文蒔絵軍配団扇(伝秀吉様所用、片面は金地に桐文朱漆、裏面は銀地に桐文朱漆)、金団扇(伝秀吉様所用)、秀吉様御座船船印(金逆さ瓢箪)。
9/3 10:55[ Twitter for iPhone ]

桐花菱文蒔絵鞍と鐙(桐文金蒔絵)、金箔押桐文付打刀拵、金札紫糸威二枚胴具足、金箔押菊文大飾瓦、金箔押菊文瓦片。
9/3 10:57[ Twitter for iPhone ]

2章 金壁障屏画のきらめき。竹虎図屏風(水飲みの虎)、網干図屏風。
9/3 11:00[ Twitter for iPhone ]

3章 漆黒と黄金ー高台寺蒔絵ー。桃山時代に大流行した蒔絵の様式は高台寺蒔絵と呼ばれる。高台寺に秀吉夫妻の所用と伝わる蒔絵が多く残されていることから。漆黒のバックと黄金のコントラスト。秋草を伸びやかに描き、ときに桐文や菊文を散らす。
9/3 11:01[ Twitter for iPhone ]

菊桐蒔絵手箱、桐紋蒔絵短綮(室内用の燭台)、秋草蝶蒔絵面箱、秋草紅葉鹿文蒔絵料紙箱。
9/3 11:03[ Twitter for iPhone ]

1章の続き。安土城跡の金箔押瓦、金箔押桐文軒丸瓦二種(城の瓦は五三桐、五七桐とばらばらで菊文の花弁の数も一定していない)、金箔押菊紋軒先飾瓦(伏見城下出土)、金梨地桐紋蒔絵太刀鞘」、金小札紫縹糸威喉輪。
9/3 11:06[ Twitter for iPhone ]

4章 茶の湯の美意識。絵本太閤記 殿下、自ら茶を点じ給ふ図、千利休自筆書状(弟宛、北野大茶会を行う。持参すべき道具類を書く)、桐文蒔絵旅茶箪笥(伝秀吉様所用)、芦屋釜(有楽斎所用、永正元年二月 日、の銘入り)、紺糸素懸威伊予札胴丸(有楽斎所用)。
9/3 11:11[ Twitter for iPhone ]

古田織部画像(織部家臣 木村宗喜が大坂城密偵を受け京都に放火しようとした未遂事件について、ヤスは戦後織部に切腹を命じ、織部は申し開きをせず潔く腹を切ったと紹介)、大坂城下町跡出土 織部焼、織部自筆書状(加藤嘉明宛。手柄天晴、秀吉様も嘉明を褒めていた、今後も秀吉様への報告求む)。
9/3 11:14[ Twitter for iPhone ]

5章 異国へのあこがれ、野望。カルサン(伝丹波氏次所用)、重文 南蛮屏風(カピタン(司令官)の一行の身なりは立派で日本人達は好奇と敬意の視線を送る)、紅糸釘抜紋柄威二枚胴具足(伝堀家伝来、欧州フランドル産と推定される輸入兜)。
9/3 11:18[ Twitter for iPhone ]

秀吉様木像(唐冠姿、秀吉清正記念館に同じ形の木像あり)、秀吉様朱印状(三成吉継らに朝鮮統治の指令を伝達させる)、朝鮮木綿鎧、秀吉様朱印状(捕虜の献上を命ずる)。
9/3 11:21[ Twitter for iPhone ]

6章 豊臣の平和。秀吉様朱印刀条目(太田喜一氏寄贈、当館蔵)、秀吉様朱印状(常陸国においては佐竹氏居城(太田城)、江戸、府中、滑津以外の城は破壊させよ。一国一城令の元となる)、秀吉様朱印状(佐々成政仕置)。
9/3 11:25[ Twitter for iPhone ]

秀長書状(紀伊一揆を平定した玉置氏を賞す)、増田長盛書状(だがそんな玉置氏に人質を命ず)、織田信雄黒印状(誰々を討ち取った、と七人の名を挙げるが実際は四人。信雄の誇張)。
9/3 11:26[ Twitter for iPhone ]

7章 戦果と戦禍。羽柴秀吉様書状(池田恒興父子戦死、池田家重臣 土倉四郎兵衛宛)、秀吉様朱印状(小田原攻め戦況を知らせる)、早川長政等連署鼻受取状、大坂夏の陣図屏風複製。
9/3 11:28[ Twitter for iPhone ]

蜻蛉の陣羽織見た後にほんとに天守閣下で蜻蛉をたくさん見かけて、ああ秋が近いな風情があるなあとか思って写真撮ろうとしたけど全く綺麗に撮れずクソみたいな写真になった。
9/3 12:04[ Twitter for iPhone ]




南蛮屏風は大阪城一階にレプリカ飾ってあるくらいの大阪城自慢の一品なので
本物目に出来るとやっぱり嬉しい。

因みに2階では映画真田十勇士のパネルも飾ってありました。
大阪城でロケした時の写真。映画見に行こうかなあ。
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