BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/10/02(日)   CATEGORY: その他イベント
「帰ってきた 六龍堂×こはぜ会で鎧噺―大坂の陣の鎧と軍装―」に行って来ました。
「帰ってきた 六龍堂×こはぜ会で鎧噺―大坂の陣の鎧と軍装―」に行って来ました。
大坂の陣ホイホイされて来た。

大坂の陣と聞いて大坂厨なのでホイホイされて来たんですが、凄く面白かった。
大坂の陣時代の甲冑や武具の講義を受けて、また実物を見せて&触らせて頂いて来ました。

ガラス越しでないだけでも凄いのにあんな堂々と一般ピープルに触らせても良いものなのか…
貴重な機会を有難うございました!



ツイログ。


<10/1>
18:30開演。まずは六龍堂とこはぜ会について。90秒で分かる大坂の陣。当時の鎧は当世具足。戦国時代終わりから江戸時代に出て来たもの。
10/1 18:50[ Twitter for iPhone ]

戦国時代の主流は胴丸や腹巻。胴体の部分のみ。それが進化した具足はフル装備。当時は当世具足ではなく、単に具足と呼ばれていた。尼子経久の鎧は秋の戦国時代展に出て来る。
10/1 18:54[ Twitter for iPhone ]

胴丸より当世具足の方が防御面積が広い。当世具足には旗指物を指せる合当里(がったり)がある。エライ人の鎧でも標準装備。
10/1 18:57[ Twitter for iPhone ]

兜の変化。阿古陀形兜(あこだなりかぶと)は胴丸、腹巻に付属する兜。東日本は筋兜、小星兜、西日本は桃形兜、頭形兜、トッパイ形兜がスタンダード。時代が下ると混ざって来ると思われる。
10/1 19:02[ Twitter for iPhone ]

一ノ谷兜=何かの形に造形した兜 水牛兜=桃形兜に飾りをつけた兜 水牛兜の水牛部分を取った写真「これはマジで撮影禁止」。材質は木や和紙など軽いもの。
10/1 19:05[ Twitter for iPhone ]

長大な指物、大きな立物、変わり兜など大坂の陣の特徴。ここで10分休憩。
10/1 19:05[ Twitter for iPhone ]

変わり兜が流行った理由。戦の変化。団体戦になり、殿に自分の存在、活躍をアピールする。そんな目立っては鉄砲で狙われないか?当時の射程距離、鉄砲は100m、弓は50mくらい。
10/1 19:16[ Twitter for iPhone ]

風流=華やかに飾り立てるの意味。風流の流行りは16~17世紀。
10/1 19:20[ Twitter for iPhone ]

六龍堂からこはぜ会へ。 冬の陣では赤備えではなかった(文献にはない)真田隊が夏の陣で赤備えにすることは物理的に可能だったのか。 →金に糸目をつけなければ可能と思われる。 赤備えは武田信玄から。井伊隊、小十人組(将軍やその嫡子を護衛する歩兵の親衛隊)も赤備えだった。
10/1 19:25[ Twitter for iPhone ]

実際に赤備えを揃えられたか? 鎧を短期間で揃えらるか。 例)元和年間火災で家具を焼失した加賀藩は具足2800領で奈良で準備した。(加賀藩御細工所の研究2) 奈良には腹巻屋と言う行商人がいて全国闊歩していた。(多門院日記) 大坂城築城の際金銭に困った武士たちは大量の甲冑を売った。
10/1 19:30[ Twitter for iPhone ]

(フロイスの日本史) →鎧を大量に調達するのは可能。
10/1 19:31[ Twitter for iPhone ]

鎧を実際に着られた人数はどれくらいか? 例)刀狩りにて長崎に村から集められた武器武具「槍500本、弓500張り、鉄砲300丁、及び鎧100領以上」(フロイスの日本史) →10人に1人くらいしか鎧着られない。
10/1 19:33[ Twitter for iPhone ]

着到書出の通りの武装を着てきたから褒美を取らす。(勝田大炊助等宛北条氏房朱印状) 鉄砲衆は具足に及ばず。(安国寺恵瓊の手紙) すはだものが刀をひっかざして斬りかかってきた。(生駒利豊書状)
10/1 19:36[ Twitter for iPhone ]

総合して考えると、半年間でも赤備えを十分充足可能。戦闘職種(兵員、槍足軽)は朱具足着用の可能性。具足を着用しない層は具足ではなく指物や小道具を朱色にしていたの可能性。
10/1 19:38[ Twitter for iPhone ]

赤く見える鎧について。札→札板→威。威の色となるのは威毛(おどしげ)。黒い札板を赤い威毛で威した具足。これを朱具足と言う。赤い札板を白い威毛で威した具足。これは朱具足とは言わない。
10/1 19:41[ Twitter for iPhone ]

幸村の鎧は札板が赤?威毛が赤?陣羽織が赤?幸村が赤備えと言う記述は実はそんなにない。
10/1 19:42[ Twitter for iPhone ]

ベスト甲冑ニスト ベスト3。三位が4人。白石宗直(政宗の部下)宗実所用説があるが養子の宗直のもの。兜の「也」の理由は不明。皮製。筋兜と当代具足で黒色。片倉景綱も基本は同じコーディネート。
10/1 19:57[ Twitter for iPhone ]

2人目 黒田長政。このコーデも伊達軍と似てる。スタンダード?流行り?黒田屏風の長政の兜、一ノ谷部分小さい。発注者の描き方がこれ。資料の正確性とは?
10/1 20:02[ Twitter for iPhone ]

3人目は本多忠政。黒色鎧で飾り兜。同時代の他の具足にも似ている。冬の陣の後、大坂城の堀を埋める担当。浅野、秋元泰朝も堀埋め担当。ポケットついてる鎧。
10/1 20:04[ Twitter for iPhone ]

4人目は谷津主水。仙谷氏の家臣。猿は日枝神社?宗教的理由か。元は毛むくじゃらだったのでは。全部皮製。鉄はない。細川忠興が関ヶ原で使用した兜も皮製。胴体の斜めの線は元々こう言う模様。全体黒で草摺が派手なパターン。
10/1 20:08[ Twitter for iPhone ]

2位 藤堂采女。幕末の人が有名だが戦国の人。高虎の家老。服部半蔵の甥。朱具足。メガホンみたいなのは兎の耳。兎は後ろに進まず前に進む。蜻蛉や百足も同じ理由。戦国時代は膝部分に家紋はあまり入れない。江戸時代に入れ始めた様だ。
10/1 20:12[ Twitter for iPhone ]

1位 伊達政宗。ダースベイダーのモデル。大坂の陣より四半世紀前にて作られたものの写真だが、政宗の鎧を見ていると生涯ほぼ同じ形の甲冑を着続けたようだ。弦月の前立てが真っ黒なものがある。三日月は宗教的理由と言われている。
10/1 20:15[ Twitter for iPhone ]

政宗鎧は筋兜と雪下胴(ゆきのしたどう)。雪下◯◯作と製作者名が刻まれている。雪下=鉄の灯篭を作っていた人達。仙台胴も政宗が考えたものではなく政宗生前からこのスタイルはある。 菅野正左衛門重成が政宗から拝領した鎧も政宗スタイルに似ているがこれは雪下胴ではない。
10/1 20:19[ Twitter for iPhone ]

雪下兜。ブランド名、制作日が記載されてある。胴体を作っていた頃には兜は作らなくなっていた。いつからか胴体のみの作成になっていた。
10/1 20:20[ Twitter for iPhone ]

大坂の陣の頃と思われるものとして勝永兜紹介されてた。
10/1 20:29[ Twitter for iPhone ]

面頬で歯があるタイプは戦国世代でも比較的新しい。威毛が五色全部違うカラフルなものは戦国時代で割と多い。
10/1 22:14[ Twitter for iPhone ]

18:30~20:30が講義と人気甲冑ランキング、その後2時間がフリータイム、全4時間のイベントでした。ぼっち参戦だったけど各スタッフさんが親切にも順々にお声かけ下すって貴重なお話を聞けて嬉しかったです。有難うございました!
10/1 23:27[ Twitter for iPhone ]

甲冑紹介一覧の中に秀頼様の金小札紅白糸威胴丸(朝顔具足)が載っていて、講義中はこれについての解説はなかったんだけど、私が秀頼様好きだと言ったら後に主催の方が個別に解説聞かせて下すって朝顔具足の朝顔の部分の写真も見せて下すった 本当に兜の部分に朝顔柄ついてたの可愛いー。
10/1 23:42[ Twitter for iPhone ]

あと山口弘定の兜も紹介されてた。重成の妹婿で木村隊で戦って井伊隊に討ち取られた人。若江の重成のお墓の隣にあるのがこの人のお墓。
10/1 23:48[ Twitter for iPhone ]

敗軍の将の場合戦利品として貰われて運良く残っていれば良いものの、遺品もそんなに残ってないの口惜しいよな。
10/1 23:49[ Twitter for iPhone ]

主催さん曰く、鶴姫の鎧は本当に鶴姫のものとは思えない、ただ、腹巻と当世具足の間、短い期間だけどあのスタイルの鎧が存在したとのこと。平安時代の甲冑は殆ど残っていない。だが、その頃のものではないかと思われるものから、源氏ではないにせよ河野氏所用では、などと推測して行くとのこと。
10/1 23:51[ Twitter for iPhone ]



ちょっとだけ写真。

豊臣組。
会場にあった可愛い武将服のクマたち。

400年前の鎧。
大坂の陣の頃の甲冑。まさかのお触り&着用もOK!

カラフルです。
このようなカラフルな色の組み合わせは割とよく見られたとのこと。

他にも面頬三種、白檀色の武具(鉄地に金箔を張り、その上に白檀色を塗った武具)の展示もあり、
物珍しげに見てしまいました。

こんな面白いイベントならまた是非是非参加させて頂きたいものです。
主催者の方々、有難うございました。
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