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ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/11/08(火)   CATEGORY: 美術館・博物館
国会図書館企画展示「続・あの人の直筆」に行って来ました。
国会図書館企画展示「続・あの人の直筆」に行って来ました。
貴方に会いに来た。

2014年の第一弾に続き、今回が第二弾。
近世から近現代の著名人の直筆満載でこちらも大変贅沢だった。
出品目録はこちら

古筆「手鑑」には秀吉様と秀頼様の和歌短冊も収録されていて、
近世では和様(幕府側)と唐様(反幕府側)の文字の比較も面白く。
書は人なりとは言うものの秀頼様の筆毎度美し過ぎかーー存じております!


「豊臣秀吉・豊臣秀頼短冊(『手鏡』第1帖のうち)」が後期展示なので
後期に行くことは決めていたのだけれども、ちょうど11月8日(火)14:00から
季武嘉也氏(創価大学文学部教授 国立国会図書館客員調査員)の
フロアレクチャーが始まると言うのでこれ幸いと聴講して参りました。
先日の大阪青山大学の時と言い、最近ツイてるね?!
そもそも事前に調べておけよって話なんですが結果貴重なお話たくさん聞けたからおk。


色々メモしたこと羅列しておく。

●「続・あの人の直筆」について
最初は二年前にやった。国会図には由緒正しい真筆が集まっている。
「書は人なり」と言う通り、書には教養と人格が表れている。
繁体字=台湾、簡体字=中国に見られる。

◆豊臣秀吉「豊臣秀吉書状」(『一柳家文書』のうち)
「悉」を崩した花押。1584/4/9。
秀吉様より配下武将・生駒吉一、矢部家定、山内一豊、一柳直末宛。
小牧長久手の戦いの際、尾張柏井の森河原敷は鎌えが良いので
念を入れてこしらえ、他の城は崩して軍勢を集結しろ、と言う内容。

◆伊達政宗「伊達政宗書状」(『武家文書』のうち)
鶺鴒の流れるような花押が印象的。3/10。
近江高島藩主・佐久間安政宛。

◆豊臣秀吉・秀頼「豊臣秀吉・豊臣秀頼短冊」(『手鏡』第1帖のうち)
秀頼様の和歌は「これやこの 行くも帰るも分かれては~」だった。
故筆鑑定の世界についての解説。
故筆別家13代了仲による秀吉公、秀頼公の極札あり。
手鑑とは、代表的な古筆切(経巻や消息などの巻子本や冊子本から
その一部を鑑定、鑑賞等の目的で切断したもの)を集め冊子にしたもの。
どの様な筆者の切をどのような順序で並べていくかは大まかな基準があったが
この資料はこうした基準に則っておらず比較的自由に配列しているようである。
古筆家は、当時分からない(確証がない)ものは、
この時代のこう言う字はこの人、と勝手に判断することもあったと言う。

◆小野蘭山 「衆芳軒随筆」
小野家の子孫から国会図書館に寄贈。重文。本草学の資料。

◆伊能忠敬「伊能忠敬自筆書簡」
50歳で天文学を始め、56~70歳で日本一周の測量を行った。
孫の初節句や地図の仕立て作業について書いてある。
初節句って何だか微笑ましいな。

◆長谷川雪旦「西国写生」
唐津のスケッチ。

◆斎藤月岑「声曲類纂稿本」
江戸名所図絵の作者。この絵を描いたのが長谷川雪旦。
祖父、父、月岑の親子三代で資料を集めた。細かい書き込みが見られる。

◆七代目市川団十郎「歌舞伎十八番」
江戸歌舞伎の名優。書も勉強もよくした人。
随筆、文字にも品格がある。

●書流について
全部で57。和様と唐様がある。青蓮院流が幕府の公用文字。
このお蔭で、江戸時代は将軍から農民まで同じ字を一般的に使うようになった。
幕末、反幕派はそれに対抗して唐様を重用するようになった。
佐久間象山の字は中国の人の真似をしている。

◆吉田松陰「吉田松陰書簡」
久坂玄瑞への絶交状。右肩上がりの文字が印象的。
「高杉とも先達って絶交、僕の事功に念なきや久し。」

◆大久保利通「大久保利通書簡」
4.8m。明治10年、西郷が西南戦争に関わっているのではないかとの噂があり、
「義に厚い西郷がそんなことをする訳がない」と長々と書いた書状。唐様の文字。
大久保さん冷徹で怖い人ってイメージだけど本当に西郷さんとは信頼とか決別とか
ドラマチックと言うか何と言うか。


◆勝海舟「勝海舟書幅」
◆高橋泥舟「高橋泥舟書幅 」
◆山岡鉄舟「山岡鉄舟書幅」
幕末の三舟。元は幕臣。江戸城無血開城に成功した。
庶民に人気があった。=偽書も多いとのこと。
この三書は三人の友人、杉浦譲の家に伝わったもの。唐様の文字。

◆福田赳夫「福田赳夫書簡」
囲碁の名人だった福田。出世と共に昇段して言ったと言う。
「貴方の囲碁は本当は何段ですか」と嘗て聞かれた際に、
「それは国家秘密だ」と答えたと言うから本当はユーモアのある人だったんでしょう。

◆五代友厚「五代友厚書簡」
難解でごはごちゃしている文字。
生糸の輸出は外国任せでなく日本自身でやりたい、と書いている。

◆早川徳次「早川徳次書簡」
東京初の地下鉄を開通させて人。
「小生一代の事業として真に心血を注ぎ候」

◆出光佐三「出光佐三書簡」
イギリスへがイランへの石油輸出を止めていた時、
イランを救うべく石油を乗せた日章丸をイランに差し向けた人。
「海賊とよばれた男」と言う小説のモデル。

◆夏目漱石・正岡子規「夏目漱石真蹟俳稿」
「長けれど何の糸瓜とさかりけり」他、数首の俳句が載っている。

◆石川啄木「石川啄木書簡」
金を貸してくれ、と言う切実な啄木の書。

◆中里介山「中里介山書簡」
5/15事件に対し、海軍大臣宛てに、犯人三人に同情した内容の手紙を書いた。

◆河鍋暁斎「元禄日本錦下図」
赤穂事件をモチーフとした錦絵の下絵。
ラフでも物凄い迫力があった。

◆内田百間「ノラや」
漱石先生の弟子。愛猫ノラの失踪を描いた本。本に著者の書き込みあり。
「ノラの事が非常に気がかりで…可哀想で一日中涙止まらず」。
ノラは結局帰って来なかった。



●1945~47のGHQの郵便検閲。
反米思想を防ぐ。柳田國男、幣原喜重郎の手紙にはGHQの検閲印が見られる。
これとは別に、CCD(民間検閲支隊)と言うものもいた。






折角古筆鑑定のことが書いてあったのでここで補足しておく。

●古筆鑑定の世界
古筆とは、慶長年間以前の名家名筆の筆跡を言う。
江戸時代に政治や人々の生活が安定すると、経済、文化が隆興して鑑賞者層でも
古筆が珍重されるようになった。
こうした新たな需要に答えるため多くの巻子本、冊子本が手頃な大きさに分別、切断された。
所謂「古筆切(こひつぎれ)」である。

江戸時代には古筆切の鑑賞や手鑑の制作が流行したため、
古筆鑑定を専門に行う「古筆見(こひつみ)」が誕生した。
その代表が古筆了佐を祖とする古筆家である。
(のち、本家と別家に分かれる。)

古筆見の鑑定とは伝承や経験などを元に書風や料紙などを勘案して
個々の古筆の筆者として相応しい歴史上の人物を比定することもあり、
現代の科学的学術的な水準から見れば古筆見の比定した筆者は
誤りであることも多いが、古筆の書写された時代の比定の精度はかなり高い。
比定された筆者がその古筆切のイメージや雰囲気、格と
釣り合っていることが古筆鑑定では重用された。




ざっとこんなものか。
フロアレクチャーのお蔭で予定よりもずっとしっかり見ることが出来た気がします。

この企画展大好きなので是非これに飽きず第三弾もやって欲しいものです。
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