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ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2017/05/28(日)   CATEGORY: 美術館・博物館
長浜城歴史博物館 企画展 「賤ヶ岳合戦」、常設展示「秀吉と長浜 三成の先祖」見て来ました。
長浜城歴史博物館企画展 「賤ヶ岳合戦」
常設展示「秀吉と長浜 三成の先祖」を見て来ました。
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今回は夏のテーマ展の時期でもないので、
2階と3階の片方しか戦国の展示はないだろうと言う気持ちでいたら、
両方戦国関係で良さげな史料が見られて良かったです。

<2階>企画展 「賤ヶ岳合戦」
平成29年4月22日(土曜日)から平成29年5月28日(日曜日)
今回の企画展では、4月の戦いであった賤ヶ岳合戦を取りあげます。
毎年春の公開が慣例になっている賤ヶ岳合戦図屏風や合戦にかかわる書状をはじめ、
今年は、合戦で討ち死にした中川清秀の肖像画を初公開する予定です。

<3階>常設展示「秀吉と長浜 三成の先祖」
平成29年5月20日(土曜日)から平成29年6月20日(火曜日)
三成の先祖は、坂田郡石田村(長浜市石田町)に居住した土豪(地侍)です。
三成が生まれる150年以上前から土豪として力をふるっていたと考えられ、
米原市朝日の大原観音寺に伝わる文書からは三成の先祖と思われる
「石田氏」の名前をみることが出来ます。


主な展示物。


<4階>
秀吉様像、本朝名将図(秀吉様、勝家部分)、
秀吉様書状(賤ヶ岳の戦い前後のもの。
1582年の延友佐渡守宛、1583年の宇喜多秀家宛、
1583年の遠山佐渡守宛、1583年の書置、
1583年の豊臣秀長宛、1583年の宛先不明)。
賤ヶ岳合戦図屏風(柴田勝家本陣が描いたものは他に類がない)、
賤ヶ岳合戦図屏風(大阪城天守閣の模写)、
中川清秀像、神号「荘嶽大明神」(清秀の神号)、
中川組関連資料(中川清秀が大岩山で討死した際、
その遺骸を山中に隠し守ったと言う下余呉村の住民十二人の後裔)、
志津嶽合戦之図(江戸後期には賤ヶ岳古戦場は観光地化していた。
特に清秀の墓は有名だった)、賤ヶ岳合戦図3点。

同時開催で、五月人形の展示もあり。
絵本太閤記、本朝名将図、清正像、
五月人形(清正、秀吉様)、秀吉様像。


<3階>
姉川合戦図、浅井亮政書状(三田村又四郎宛)、
久政・長政連署起請文(1568年。複製。朽木元綱宛。
浅井最盛期は湖北まで支配していたことが分かる)、
小谷城絵図、馬上筒、秀吉様画像、
羽柴秀吉判物(1573年、ふるはし名主百姓宛)、
羽柴秀吉判物(1580年、野瀬太郎左衛門宛)、
長篠合戦図屏風、石田三成画像(前田幹雄画)、
本堂造作日記(1419年。石田東殿、の記述あり。
石田氏の名前が記された最古の史料。三成の先祖の可能性あり。)、
石田景俊等連署状(石田を姓とする資料。三成の先祖の可能性大)、
石田正継制札(三成父の、唯一残る木製制札。観音寺に対して
近隣住民が竹林伐採に入らないことを保証した)、石田村地籍図、
佐和城旧記(1727年佐和山城址について聞き取った古文書)、
石田城跡集記(1727年佐和山城址について聞き取った古文書)。



長浜は町中が秀吉様を好きな雰囲気があるから
いつ行っても楽しい気持ちになりますわ。
また面白い企画展を期待しています。
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