BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2017/06/04(日)   CATEGORY: その他イベント
「豊臣から徳川へ―転換期をめぐる歴史学最前線―」(秀頼時代の豊臣家と大坂の陣)を聴講して来ました。
大阪大学中之島ホールで開催の、北川館長の講演会を聴講して来ました。
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◆第133回懐徳堂春季講座「豊臣から徳川へ―転換期をめぐる歴史学最前線―」
 演題「秀頼時代の豊臣家と大坂の陣」
日時:平成29年6月4日(日) 13:30~15:00
講師:大阪城天守閣館長 北川央
会場:大阪大学中之島センター10階 佐治敬三メモリアルホール


レジュメは先日の住吉と同じだったので中身はそっちの記事を
参照して貰えれば良いのですが、まだ書いてないので後日…。


今回大変幸運なことに講演後に直接館長とお話する機会に恵まれたので、
(無理言って呼び出して頂いたとも言う)ここではその内容を書き残しておきます。


・秀頼様のことを皆「殿様」と呼んでおり、「上様」と呼んでいない件。
→上様=淀殿、殿様=秀頼様、姫様=千姫。
 先の大河で「上様(うえさま)」を「(お)かみさま」と呼ばせていたが、
誤りで、正しくは「うえさま」。
信長の奥さん(お鍋の方だったかな、失念)を「上様」と呼んでいた例もある。
 天下人の正室の呼称と言う訳ではないので、「上様」呼びについては研究の余地がある。
 北川館長も以前「上様」の呼称について文章を書いたことがあったそう。

・よく、徳川は豊臣を滅ぼすつもりはなかった、豊臣が従わなかったから潰した、と言われるが、
 館長はどのようにお考えか。
 加藤や福島と言った豊臣恩顧の大名等、何かと理由をつけて潰されているようにも見える。
→豊臣政権における織田家と同様、位の高い大名家として存続させるつもりであったと思う。
 大坂の陣が起きた時点ではもう滅ぼすしかないと考えていたと思うが、
 それ以前では滅ぼそうと言う意図はなかった筈。

・では、何故豊臣家は従わなかったと思うか。プライドが高かったから?
→それを支持しない人達がいたからだと思う。

・秀頼様は古歌の写しが多く伝わっているが、自作のものもあるのか。
→現在は確認されていない様子。古歌は人に頼まれて多く書いていたものが残っている。
自作はない訳ではないと思うが、自分達(大阪城側)も古歌の見方に明るくないので
仮に資料が出て来ても自作であると断定するのは難しいと思うのこと。


質問は以上です。
和歌のことを聞いてた時はもう完全に会場お開き状態で、
係りの人も横で待機しているくらいだったから切り上げさせて頂いたのだけれども、
本当に有意義なお話を伺えて感謝感激でございました。






後は完全に個人的雑記になるんだけど、
今までも秀頼様に関する御本を読んだり館長の秀頼様についてのお言葉を聞く度に、
この人のお言葉胸に染みるなあと都度感じては心震わせていたのですが、
もう館長と秀頼様の解釈が合い過ぎて崇め奉るしかない
こんなにも秀頼様に理解のある方が大阪城天守閣のトップとか理想の城主でないです?!

豊臣家が徳川に従わなかった理由については何かともやもやすることがあって、
と言うのも自分が絶対的豊臣信者なので、tkgwのあやゆる所業が謀反に見えるし
従う必要がまずないのに何言ってんだくらいの考えでいたし、
大坂の民だって絶対同じ考えだと思ってたし
秀頼様は常にご自身で正しい道を選ばれたと思っていたし
大坂の陣に関しても悲しくも天運に見放されたのだけが原因で
秀頼様や豊臣家の選択を否定することは全く考えたこともなかったんだけど、
ただそれを自分以外の誰かに言って欲しかったところがあったから
館長が民の言葉を代弁して下すったの嬉しかったし
館長自身もそう言う考え方だと分かったのも嬉しかったし
豊臣兵大勝利だった めでたきかな豊臣に幸あれ。


これは前回の講演会でも仰っていたのだけれども、先生が秀頼様研究に
興味を持ち始めたのが、1993年の大阪城天守閣で生誕400年記念の
豊臣秀頼展を開催される時で、展示するための史料を調べていたら、
虚弱で優柔不断と言った秀頼様像(通説)が一次資料での秀頼様像と
違うことに気付き、そこから秀頼様に興味を持ったと。
館長は時代のパイオニアですよ 人類は400年何を見て来たんだって感じだよな。


以前、大阪城愛と館長の御本への感銘が過ぎてお手紙を出したことがあって、
今日終演後に個別に先生に聞いてみたいことがあるんですけど、
と申し出て名前だけ伝えたところ、係りの方がこちらへどうぞと
先生を呼び出して下すったんだけど、「以前手紙をくれた方?」とか言われて
顔が炎上した  こっ恥ず!

私も義体と偽名で行くべきだったけど残念ながら生身で本名を名乗ってしまった
本当は名もなき豊臣兵って言いたかったけど、
態々個別で突撃してる以上常識的な答えをしようと思ったし、
偽名名乗っても自分が忘れるから今後また質問させて頂くことがある時に
万が一向こうが何かしら覚えていたらまずいとか思考が無駄に何周か回って
最終的に道化になったからもうどうでも良いです!

館長は親切で適切で的確なお答えを下すって本当に素晴らしい方でしたよ
私が今一番心酔してるのが館長なので期待通りのお方で安心したし嬉しかったし
今後とも変わらず尊敬に値する方で豊臣の第一人者と言う感じがした
本当に伺えて良かった。

毎度のことながら今後とも秀頼様のことをお頼み申すして来たので
また館長が秀頼様のことを語って下さる機会に同席出来る日を
待ち侘びております 今後とも良き豊臣兵でありたいと思う。
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