BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2018/04/13(金)   CATEGORY: 日露戦争関連
最近読んだ本。
日露メインで諸々読んでます。


①「「海ゆかば」の昭和」
新保 祐司 (編集) イプシロン出版企画
「封印された鎮魂曲。戦中派から戦後世代まで、
様々な領域の50名に及ぶ日本人による空前の文集」との説明にあるように、
己にとっての「海ゆかば」についてがどのような存在か、
と言うことを多角的に見られる本。



②「日露戦争秘話 杉野はいずこ―英雄の生存説を追う」
林 えいだい (著) 新評論
「軍神」広瀬中佐とともに戦意高揚の軍国美談に祀られた
「英雄」杉野孫七は生きていた!? 国家に翻弄され続けた杉野の運命を追う。」
杉野生存説は以前より聞いていたけれども御本で読むのは初めてか。
1998年の御本なのでまだ「杉野に会ったことがある」と言う人もご存命だった
ようだけれども今ではもうこの様な御本も難しいだろうと思われた。



③「『坂の上の雲』歴史紀行 (JTBのMOOK)」
ジェイティビィパブリッシング
えねちけドラマのあった2009年の御本です。
「好古・真之・子規が駆け抜けた時代を旅する
生誕地から日清・日露戦争、晩年まで」、と書いてある通り、
写真地図図版満載で非常に分かりやすいムック。



④「歴史群像 2017年2月号 」
■ 第一特集
なぜ精鋭と謳われたか “加藤隼戦闘隊"戦記
用兵側の揺らぎにより混迷した陸軍一式戦闘機の開発。
その「隼」という愛称とともに国民に親しまれた“無敵の戦闘機部隊"
の誕生から終焉までの軌跡を辿る!

カラー特集に大河真田丸のアフター特集として出城真田丸の話が
あったけれども、あくまで今回は加藤隼目当てです(軍歌




①「「海ゆかば」の昭和」
著者の新保さんはこの本の前にも「海ゆかば」についての
御本を出版されており、そちらは手元にあるもののまだ未読なので
読む順番を間違えたのかもしれないと思わなくもない。

今年三月のニュースで海ゆかばは軍歌か鎮魂歌かと言う話題が
出ていたのは記憶に新しい。
私自身で言えば、勿論大本営発表の記憶もなければ、
それこそこの曲がどの様な時に使用された曲かも知らず、
どれ程多くの国民にとって馴染みや思い出深い曲であるかを知らない
時分にあっても、この曲の雄大なスケールと美しい旋律には
純粋に心惹かれて耳に残るものだったことを思い出す。
この深沈たる旋律、万葉のやまとことば、日本人の精神、
そう言ったものが見事に調和しているのがこの曲ではないかと。
第二の国歌を言われながらも、戦後封印されたこの名曲について、
昭和の精神や当時の人々の思いに触れられた一冊でした。
寄稿は大正~昭和30年代の人までが多く、子供時代の思い出として
書かれていたことも印象的でした。



②「日露戦争秘話 杉野はいずこ―英雄の生存説を追う」
廣瀬中佐が杉野をいたく信頼し、杉野の熱意を汲んで
第二回旅順閉塞作戦に連れていったのは有名な話だけれども、
軍神として祀り上げられたお蔭で国に還ることも出来ず満人として
一生を終えたのだとしたら、杉野にとってはどれだけ辛かったことだろう。
御本は日露戦争、旅順港の攻防、落ちた偶像、生きていた杉野兵曹長、の
第四章で展開されているので、前半は廣瀬中佐は勿論のこと
秋山中将のことも色々触れられていてその辺大好きなもので
杉野のことを一瞬忘れて読みふけってしまった。

第一次閉塞作戦の時に、三笠からの快報に
廣瀬中佐が口癖の「天佑だ、天佑だよ!」と唱えていたこと、
二等兵曹の角久間千幾蔵は大分県竹田市の出身で、
彼が郷土の先輩廣瀬中佐と同行することになって感激していたこと、
栗田大機関士との会話(白幕に予は日本の廣瀬武夫であるとロシア語で書いた)。
そして運命の第二次閉塞作戦での廣瀬中佐と杉野の最期の手紙。
これを読むといつも泣いてしまう。
福井丸で廣瀬中佐は真っ裸で冷水摩擦をし、それが終わると軍服を着て
帽子に香を焚き込み「天佑、天佑!」と連呼した。
杉野が伊勢神宮のご供米を取り出し、うやうやしく頭の上に捧げ持った途端
福井丸が大きく揺れ、ご供米がストーブの前にパラパラと落ちた。
「武運長久を祈っているのに、勿体ないことをした」と気落ちした表情で
米粒を一粒ずつ拾い上げる杉野を「船が揺れたのだから仕方がないよ」と
それを見ていた栗田が杉野を励ました、と言う逸話も見る度に泣いてしまう。
何かもうこの辺り既に涙腺がダメです。

廣瀬中佐と杉野兵曹長が神格化され修身の教科書に登場したこと、
1934年には浪曲「杉野兵曹長の妻」が全国的にヒットしたことが紹介され、
この本のメインは第三章、第四章の杉野生存説の話へ。
杉野兵曹長が生きていることは満州にいた人なら誰でも知っている、と言う
武富登巳男の話。
甘粕正彦に杉野を紹介されたと言う横田正二の話。
満州で従軍看護婦をしていた時に、同じく甘粕正彦に杉野を紹介されたと言う
田島久女の話。その他、(本書発行当時存命だった)人々の話が語られる。
杉野は帰国することを故郷に知らせるために釜山から家に電報を打ったが、
親戚の者が釜山にまで会いに来た。日本ではお前は戦死したことになって
軍神にまでなっているから今更帰って来るなと言われたと。
著者は最後に杉野が住んでいたとされる葫蘆島や旅順を訪ねるも、
最終的に決定的な証拠は得られずに志半ばと言った雰囲気で本作は終わる。
古くは110余年前の廣瀬中佐、今は杉野の足跡を追う者にとって、
「杉野はいずこ」は永遠の言葉なのかもしれない。



③「『坂の上の雲』歴史紀行 (JTBのMOOK)」
故郷松山での足跡、志高き東京での日々、日清戦争と主人公たち、
日露戦争と主人公たち、付録。
愚陀仏庵が普通に紹介されていてその時分の御本かと時の流れを感じた。
松山の好古のお墓(鷺谷墓地)、伊予鉄道 梅津寺の秋山兄弟銅像とか
まだ行ったことないので行きたいですわ
と言うか青山霊園の好古墓地も築地の海軍兵学寮の碑、海軍発祥の地も
近くは通っても意識して見に行っていないのでは…?行かなきゃ…。
付録として司馬遼太郎年譜、好古嫡孫、子規子孫へのインタビュー、
坂雲登場人物紹介(長岡外史の髭、ドラマでも話題になってたこと思い出した)、
好古真之子規の逸話(無欲恬淡な好古、不作法な真之、子規旅先での恋)、
坂雲関連史跡紹介。真之さんの鎌倉霊園や和歌山のエルトゥールル号の碑、
これらも気になりつつも行ったことないのでちゃんと行かなきゃ。



④「歴史群像 2017年2月号 」
「加藤隼戦闘隊」とは、開戦前から1942/5まで
飛行第六十四戦隊を率いた加藤建夫中佐の名を冠して呼んだ
非公式の別名。「隼」とは戦闘機の愛称。
ビルマ前線で自爆戦死した加藤中佐(戦死後に二階級特進して少将)は
陸軍航空を代表する英雄として繰り返し宣伝され、
それは陸軍主催の宣伝キャンペーンによって生み出された
軍国神話と言う側面もある、書いてあった。
とてもよく分かるし知ってるけどそう言うの読む分には大好きだから…
それに創隊時からの歴戦名門部隊であったことは事実なので。
歴史群像は歴史街道に比べて硬派な文章でもあり、正直なところ
専門書に似た雰囲気があるので面白いと言うよりそのようなものかと
言った感じで読んでしまう。それと、あくまでも第六十四戦隊についての記録や
出来事がメインで加藤少将の話ではないので、
その辺りも坦々と読んでしまった理由やも知れない。



廣瀬中佐と秋山参謀の逸話に触れる度にどんどん好きになってしまって
すっかり明治から還って来られなくなってる
他にも積んでる御本とぱらっと読んだけどまだ読み込めていない御本が
あるので、そちらも早く消化したいです。
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