BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2018/04/15(日)   CATEGORY: 日露戦争関連
最近読んだ本。
軍歌や日露の本いっぱい読んでるけど感想が追いつかないのでメモだけ。


①「信時潔」
新保 祐司 (著) 構想社
「戦前、日本人の鎮魂曲であった『海ゆかば』の作曲家・信時潔。
歿後四十年、戦後六十年の今年、長き冷遇を突き破り、
忘れられた不朽の名曲『海道東征』(北原白秋作詞)とともに、ここに蘇る。」
海ゆかばで信時さんを知ったので、海道東征については今迄ノータッチ
だったのけれどもこれを聞いて速攻CDポチった。
国分寺の人かと思いきや一時期巣鴨にも住んでいたのね。
縁の地に行ってみたいな。


②「海ゆかば山ゆかば―日本人と軍歌」
林 秀彦 (著) PHP研究所
アマンゾ上は評価高い本だし紹介の内容も良いしで
タイトルだけで選んだら香ばしい系の本だったw
軍歌の話自体はそれなりに面白く美しいところもあるんだけど、
所謂近頃の若いもんは系のバリバリ上から目線なのがちょっと…。
何か自分は右翼ではないとか君たちはこの言葉の意味も知らないだろうがとか
そう言うことを前提で書いてあるんだけどそもそも軍歌に興味なければ
この本を手に取らないと思うし、普通に知ってるから??みたいな???
軍歌の原点を古事記の久米歌に起因するものとし、
神風や撃ちてしやまむと言うフレーズも古事記が出典と言うのは良い着眼だし、
日本人は理解せず感知する民族、等内容は面白いと思います。
あとは筆者の文章に耐えられるかどうかじゃないかと。



③「『坂の上の雲』を読み解く! ~これで全部わかる 秋山兄弟と正岡子規」
土居 豊 (著) 講談社
ドラマ坂雲の時(2009年)の御本。
坂雲本文からの引用を含めつつ、主役三人の簡潔な紹介、
司馬小説における帝国主義の時代、漱石先生の教わる日露戦争の章も。
特に吾輩~には日露戦争のエピソードが多いとのことで、
今だからこそ改めて読み直さないとと思った。
先生自体は戦争が嫌いで子規の様に日清戦争に従軍を望んだり
鴎外の様に軍人になったりと言うことは全くの選択外だったけれども、
同時代のホットな話題として日清、日露戦争を取り上げている。
先生は三四郎では日露戦争の戦勝に浮かれる日本人の姿を批判的に描き、
満韓ところどころでは激戦地の跡を巡って戦争の悲惨さ、無常観を書いている。
そんな個人主義の生き様を貫いた先生も、「こころ」では乃木将軍の殉死を描いた。
それは、明治の時代の激しい愛国心が小説の中にほとばしり出たと言える。
吾輩、草枕、坊ちゃんに描かれた日露戦争のところは面白かった。



④「国際人・廣瀬武夫」
童門 冬二 (著), 櫻田 啓 (著), スヴェトラーナ・フルツカヤ (著)
PHP研究所
廣瀬中佐の生き方、考え方を現代に問いかけるアンソロジー。
冒頭のカラーグラビアが素敵。
廣瀬神社所蔵の貴重な廣瀬中佐の写真が多く掲載されているのも良い。
廣瀬中佐は岡藩の下級武家の次男として生を受けた。
廣瀬武夫の「武」は武士の「武」でもあるが、それ以上に廣瀬家の先祖が
南朝時代に後醍醐天皇方に味方して活躍した菊池氏であり、
菊池氏に「武」の字が付いた人物が多いことが関係しているのだろう。
父重武は「廣瀬の家は菊池の子孫であり、勤王を旗印に働き勤王に殉じた。
従って我々も子孫も同様勤王に終始するものである。」と事あるごとに教えていた。
九州男児として、海軍軍人として、日本人として。
その覚悟と優しさ、卓越した指揮力、廣瀬中佐が日本人のみならず
敵国であるロシア人からも慕われた理由がよく分かります。
竹田の有名人として、廣瀬中佐の他に田能村竹田、田能村直入、瀧廉太郎、
朝倉文夫、佐藤義美、阿南惟幾の名が挙げられていたけれども、
本当に優秀な人材を多数輩出している場所なんだなと感心しきり。
坂雲ドラマで廣瀬中佐を演じた藤本隆宏さんのインタビューもありました。



⑤「広瀬武夫 旅順に散った「海のサムライ」 」
櫻田 啓 (著) (PHP文芸文庫) ※リンクはKindle版。
評伝かと思ったら小説だった。
広瀬と秋山の友情描写可愛過ぎかよーーー知ってたーーーーー。
「広瀬と秋山はウマが合う。とても負けず嫌いなところもよく似ている。
そして、純で、バカがつくほど正直なとことも。
この二人が急接近したのは、例の第八期水雷術練習尉官教程の同期として、
共に机を並べてからだった。ここを卒業し、横須賀の水雷隊に転属したのも一緒だった。
機軍兵学校は広瀬が二期先輩だが、水雷術教程は同期、しかも同じ歳であったから
「秋山」「広瀬」で呼び合った。それがまた海軍軍令部諜報課への転属で
三たび一緒になったのである。広瀬は、「また秋山と一緒になった。」と
本当に喜んでいたと言う。」とか、
「秋山に云わせると広瀬は変わり者で独身主義者だった。
広瀬はいつも秋山に、「俺には嫁が多過ぎる」と語っていたが、
その「嫁」とは海軍と柔道と漢詩のことだった。」とか、
ロンドンで広瀬と秋山が再会する時に
「「広瀬!」秋山はまるで恋人にでも会ったかのように、広瀬に抱きついた。」とか、
もーーーー可愛いーーーー!!!
物語終盤の3/25。
「戦艦三笠の参謀秋山真之少佐が端艇(ボート)に乗って福井丸にやって来た。
広瀬と秋山はしばし別れを惜しんで語り合った。
広瀬は、秋山が持参した好物のまんじゅうをうまそうにほおばっている。
「広瀬、貴様まんじゅうを喰っているときは相変わらず子供のようだな。」
(中略)「広瀬、貴様死ぬなよ。グッド・ラック!」の言葉を残して、秋山は下船した。」
こ、ここ、その後の展開を知っているともう心が締め付けられる。
あとに心は残れども 残しちゃならぬこの体 それじゃ行くよと別れたが 永の別れとなったのか…。

小説は非常に面白かったですー。あとこれは完全に個人的な意見ですが、
私中佐の恋愛に無頓着で朴念仁で潔癖なところが好きなだけに
アリアズナとの恋愛や心理描写がやたら読んでいて恥ずかしくなった…
今迄広瀬中佐目線の小説を読んで来なかったからか。



⑥「図説 従軍画家が描いた日露戦争 (ふくろうの本/日本の歴史) 」
平塚柾緒 (著), 太平洋戦争研究会 (編集)  河出書房新社
「世界が注目した、極東の新興国日本と世界最大の軍事国家ロシアとの対決。
戦場からイギリスと日本の従軍画家が送り続けたイラスト速報による日露両軍の死闘の記録。」
日露戦争では、日本から初めて公式の従軍写真班が結成され各軍に派遣された。
しかし当時の写真機の性能では動きの激しい戦闘場面の撮影は不可能だったので、
日本や海外のメディアは従軍画家が描いたイラストによって戦場の臨場感を
読者に伝えようとした。本書では英国のキャッセル社が1904~5に刊行した
日露戦史(Japanese Fight for Freedom)から抜粋したもの、「近時画報」に掲載されたもの等を紹介。
非常に臨場感のあるイラストが多く掲載されており、ニュースを伝えるメディアと言う
観点だけではなく、絵画としての一つの芸術に昇華されているものばかりだった。
こう言う絵画も現物は残っているのかしら 大量に消費されるだけだったとしたら
あまりに勿体ない 本物見てみたい…。


一先ずこれくらい。他にも読みたい本が多くて時間が足りないです。
読書が楽しいと言うのは良いことだ。
関連記事
page top
Copyright © BAD END. all rights reserved.