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ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2018/07/02(月)   CATEGORY: 日露戦争関連
東山海軍墓地(東公園)に行きました。
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東山海軍墓地(東公園)に行きました。
佐世保に鎮守府がおかれてから太平洋戦争が終わるまでの約60年間に
亡くなった海軍将兵17万余柱の霊が祀った墓地。
合葬碑62基、個人碑437基と、合葬碑が多いのが特徴的でした。

この東郷元帥像を拝むと、今も元帥が海軍を率いて、
また彼等の御霊を守っている様にも見える。

東郷さんと佐世保と言えば、
1883年(明治16年) に軍艦「第二丁卯」(東郷平八郎艦長)が
大村湾測量のため佐世保浦に来船したこと、
1899年(明治32年) 第9代佐世保鎮守府司令長官となったこと、
そして日本海海戦の佐世保凱旋も有名ですね。

ここに来たかったのは、我等が杉野兵曹長のお墓があるからなのです。
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杉野はいずこ、するかと思ったら丁寧な案内図に加え
現地でも注釈の板があったお蔭ですぐに見つかった。
杉野はここにいた…。合掌。


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「美しき天然」の作曲者、田中穂積のお墓もありました。
私にとっては如何に狂風の作曲者であること、
また、当時駆け出しの准士官だった瀬戸口藤吉が軍艦行進曲を
作曲した歳、上官から睨まれない様に単独よりも連名の方が
良いと、先輩との連名と言う形にして一緒に名前を出された
楽長と言うイメージのが強かったな。
杉野兵曹長の斜め前なのでこちらも分かりやすかった。


そしてここから日清戦争ゆかりのあの人のところへ。

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勇敢なる水兵、三浦虎次郎三等水兵のお墓です。
「佐賀県平民享年十八年十ヶ月、
送○正八位 海軍三等水兵 三浦虎次郎之墓
明治二十七年九月十七日戦死 」と書いてある。

まだ沈まずや定遠は…この逸話に心を打たれた人は数知れずと思われ、
私も多分に漏れずその一人でありまして。
ただ、この方の最期は堀内敬三「定本・日本の軍歌」に詳細があるので
ここに記載しておきます。(p120~122)

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「勇敢なる水兵」の名は旗艦松島乗組の三等水兵三浦虎次郎で、
戦死の日付は明治二十七年九月十七日、その墓は佐賀県佐賀郡
東与賀村栄蔵寺に記念碑とともに残っている。
「勇敢なる水兵」の歌詞にはその水兵の名が記してなく、他の登場人物は
「副長」だけであるが、当時の松島艦副長向山慎吉少佐は後に中将に進み、
明治四十三年末五十八歳で病没したから、向山中将の死後は
この勇敢なる水兵の最期を知っている者はないと思っていた。

ところが昭和十六年十一月、故瀬戸口藤吉翁の葬儀の夜、
会葬された元海軍軍楽隊員高見喜安翁から勇敢なる水兵
三浦虎次郎戦死の実況を告げ知らされたので、これには全く驚倒してしまった。
高見氏はそのとき数え年七十一歳、日清戦争の黄海海戦の時は
二十二歳であった。
敵弾が中甲板にあたり折りあしくそこに積んであったわが艦の弾丸や
薬莢が轟然破裂して、その破片は上甲板にも飛んできたが、
破片に腹をえぐられて三浦水兵はその場に倒れた。
とても傷が痛そうで動かせない。三浦水兵はウワゴトのように
「痛い、痛い、お母あさん」といっている。
副長は気を落させまいと思ったのであろう。「三浦どうした、鹿児島男児が
お母あさんなんて泣く奴があるか」と激励したら三浦水兵は副長を認め、
すぐ「定遠どうしました」と叫んだ。副長は大声で「大丈夫、大丈夫。
定遠はもう撃てないほどやっつけた。これから鎮遠をやるのだ」といった。
三浦水兵は安心して「カタキを討って下さい」といい、見る見る瞑目した。
…これが高見軍楽生の目撃談である。
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虎次郎さんのお墓の近くには、その定遠の砲弾もあります。
日清戦争で亡くなった方も多い為、鎮魂の意味も込めて
ここに置いてあるのだろうけれども、どうしても虎次郎さんのことで
頭がいっぱいになってしまった。

先の杉野兵曹長のお墓はもっと大きくて、勿論少佐や中佐クラスになると
それよりも立派なものがあるのだけれども、虎次郎さんの場合は
一般水兵さんとのことで他の周りのお墓と同様、小さめのお墓だった。
但しこの墓地の中ではやはりかなりの有名人なので
入口の案内板にもパンフにもしっかり名前が書いてあるので
幸い迷うことはないかと思います。


佐世保海軍墓地慰霊碑リストを見ると、他にも多くの方のお名前が見られます。
彼等が守ってくれたお陰で今の日本があることを忘れてはいけないと思います。
感謝と厳粛な気持ちを持って、そっと手を合わせて御礼を言って参りました。
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