BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2015/09/12(土)   CATEGORY: 美術館・博物館
「東慶寺文書展」行って来ました。
「東慶寺文書展」行って来ました。
閑静な本堂。

・会期 2015年4月29日(水)~9月27日(日) *月曜休館・祝日開館
・時間 9時半~15時半
・場所 松岡宝蔵

本来8月末だったのが、好評につき開催延長されたと言うもの。
8月予定完全に埋めてて行けなかったから、これ本当に有難くって!

秀頼様ご息女:天秀尼の秀頼公供養雲版を見たかったんですよー
見られて凄く嬉しかった。



お部屋は一室だけでこじんまりとし展示室ではあるものの、
普段なかなかお目にかかれない文書が多くて興味深かった。

お目当ての秀頼公供養雲版以外にも、天秀尼頂相、天秀尼持念仏見られました。
他にパネルで天秀尼の逸話として会津改易事件が紹介されていた。
逃げ込んできた妻子を保護した天秀尼は立派と言ういい話だとは思うんだけど、
結果として加藤嘉明息子の城取り上げられてるんで
まーた徳川による豊臣恩顧大名の取り潰しエピかよと歪んだ見方してしまうからこの被害妄想何とかして欲しい。
ううう、地味な方の加藤も可愛いよね 松山城好きだよ。

それから天秀尼の墓碑文の写真、現代文による説明、
お墓の位置(境内墓地のどの辺りにあるか)も載っていて助かった。

雲版は御本で見たことあったけど意外と大きくて重厚な感じがしました。
53.5㎝だったかな。「~父秀頼嵩陽寺秀山菩提也」の部分心に沁みた。
天秀尼34歳の頃の寄進で、秀頼公没後27年目、生きていれば50歳になっていたとのこと。

縁切寺なので三行半等の資料がメインだったけど面白かった。
短いものは一行半のものも。

寺宝で最も重要と言う寺法書も展示されていて、ここの歴代尼さんに後醍醐天皇ご息女と天秀尼がいらしたから
菊紋と桐紋で権威現してるの品格あって興奮しましたわ。
お墓も明らかに別格扱いされてたからな。

また、漱石先生のお父様も関係したと言う「てる」の縁切文書や、
もう一つの縁切り寺・徳川満徳寺の「きく」の駆け込みの資料もあり。


宝物館を見た後は、天秀尼のお墓参りもして来ました。
お墓両端の石灯篭、右側は江戸時代の物だったけど左側が明治の豊国会の寄進で、
明治になって豊国神社復興したの本当良かったなとしみじみ思った。



「豊臣家最後の姫」に天秀尼のこと詳しそうなので、これは後日読みたいです。



東慶寺の後はぶらりと散策。
妙法寺閉まってて残念だったけど、安国論寺、安養院、八雲神社、常栄寺、鶴岡八幡を散策。
鎌倉久しぶりだったけどお寺の落ち着いた雰囲気味わえて良かったな。
常栄寺ではちょうど9/11と12が牡丹餅供養の日なので、縁起物のゴマ牡丹餅を
頂いて来ました。偶然とは言え、お天気にも恵まれたし良い日に来られて良かったなあ。

平家と豊臣家贔屓なので圧倒的京都大坂派だし鎌倉私的に鬼門扱いだけど寺に罪はない…
貴種流離譚じゃないけど、東慶寺は大原寂光寺の雰囲気感じるのは六代と国松公被せて見てるからだろうな。


今回は日付と時間の都合上、妙法寺と鎌倉文学館に行けなかったので
次回行く時があったらリベンジしたいです。
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