BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2015/10/01(木)   CATEGORY: 旅行
大阪より退きも退いたり鹿児島へ(大阪編)
9/27~9/29に、大阪城と鹿児島行っていました。
100名城周り終わって、結局大阪城に落ち着いた。

9/27は大阪城で通常非公開の櫓を公開していたから。
今年は9/19~23、26、27の内、前半はロンドン行ってたし26は仕事だったので
これはもう9/27に行くしかないと。

そして、何故その後に鹿児島なのかってーと、大阪城からきも退いたり鹿児島へ、
した方がルート的に自分が楽しいからに決まってる。


大坂の陣400年プロジェクトが9/30までなので、クライマックスだったんですよ。
今年になってから何度も大阪城行っているけれど今更感慨深くて。
まあ10月になったら401年目の大坂冬の陣が始まるから歴史は何度でも繰り返すし
大坂の陣ヲタにとっては何ら変わることないんですけど行政や公式の扱いがね。
でも2016年になったら大河効果で引き続き大坂の陣フィーバーの予感ですけどね?


今年は「千貫櫓」「多聞櫓」「乾櫓」「焔硝蔵」の4つを公開。
いつも見慣れている大手門も櫓内部から見ると新鮮な気分。
櫓にはボランティアガイドの方がいらして、説明・解説をして下すった。
大阪城大好き。


・明治に地名を変更する動きがあり、大坂は戦で3回も燃えており、土に帰るのは縁起が悪いので大阪に変えた。
・千貫櫓は乾櫓と共に1620年製、城内で最も古い建物。
・落雷で壊れた大手門他は大塩平八郎の乱まで放置されていたが、大塩平八郎らが攻めてくる時に大坂城も幕府のお城で攻められる対象だったのに、門すらないのは宜しくないとのことで再建された。
・その10数年後にはペリー来航、幕末になるが、幕末に長州が攻めてきた時は城内には徳川側の人間、下っ端だが一万人程がいた。そして大阪城にいた慶喜は夜中の内にこっそり江戸へ逃亡。残された兵士は下っ端なので統率も取れなかった。
彼等は降伏せず、狩野派の絵がたくさん描いてある様な、1600年代の頃の建物に火をつけ自らも切腹して果てた。
・鳥羽伏見の戦いの時には、この大阪城からも兵士が出陣しているが皆負けて帰って来た。
・千貫櫓のすぐ近くは大名達の仕事場があった。その向こう側が味噌蔵や煙硝蔵など。下屋敷上屋敷は別にある。
・千貫櫓と掘は100m離れており、当時の火縄銃は50mの飛距離。城を攻めるには必ず大手門への土橋を渡らねばならない。千貫櫓からの攻撃は、鉄砲狭間や矢狭間もあり上からの攻撃なので、確実に侵入者を倒せる。なお、乾櫓は京街道に面しており、商人が通るので物騒に見える狭間は塗り込めてある。

ざっと覚えているだけで、こう言う話をして貰いました。

大阪城櫓内で見た「大阪城の古建造物」って映像については、
いつもの風景でも、改めて解説を聞くとしみじみしました。
例えば桜門は、本丸への正門で、豊臣時代にはその前に桜並木があったことから
この名がついている。
現在の大阪城と豊臣大坂城は全く位置が違うのは有名なことだけれど、
現在の桜門を見ても、やはり何を思い浮かべるかと言うと、
在りし日の桜の姿や、秀頼様がここまでは出陣されたんだなとか、そう言うことでしょう。
他にも、大手門は石塁をもって頑丈に作られていて、
パズルの様な一見不可能としか思えない継ぎ方をされているとか興味深かった。



西の丸公園にも入れたので、広々とした大阪城天守閣の姿も拝めた。
また、秀吉様の黄金の茶室(再現)も見られた。
黄金の茶室ジパング。



夏の企画展はこちら

3階 夏の展示 戦国の世の「動員力」
平成27年7月17日(金)~10月7日(水)
合戦では両軍激突の現場に目が奪われがちですが、実際には指揮した武将の「人や物の動員力」に勝利の成否がかかっていたといっても過言ではありません。戦国の戦いは動員力の戦い、天下人の勝利は動員力の勝利でした。今回の夏の展示では、土木事業やイベントなどを含めた、さまざまな場面での「動員力」に注目します。

4階 大坂正宗と呼ばれた男―刀工井上真改とその時代―
平成27年7月18日(土)~10月8日(木)
大坂で活躍した優秀な刀工たちのなかでも、代表的な存在が井上真改です。彼のこと、彼の作品は鎌倉時代の名工にちなんで「大坂正宗」と称されました。真改はじめ大坂の刀工たちの作品をとおして日本刀の美しさ、魅力にせまります。



今回ロンドン旅行から直後(帰国して4日仕事してその翌日が大阪)だったので、
流石の私も疲れ過ぎていて、お城で休んだりしていたら驚くことにこの日の観光が
本当に大阪城だけだったんですよ びっくりでしょ…。



今回は彼岸花も少し見られたし、秋晴れの気持ちいい大空も綺麗な夜空も撮れて大満足。
今年になってから大阪城の写真撮り過ぎて、カメラロールの中で定期的に大坂の陣が勃発してます。
誰が為に花は咲く。

この日は中秋の満月かつスーパームーンで、月が凄く綺麗に見えたのが印象的でした。
秀頼様もこの大坂の地で満月を見たこともあったのでしょう。
夜阪城。
月は満ちた。



翌日は鹿児島。記事が長くなったので次に続きます。
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