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ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2015/11/25(水)   CATEGORY: 美術館・博物館
歴史館いずみさの特別展「大坂の陣と泉州・紀北~樫井合戦への道~」見て来ました。
平成27年10月17日(土)~平成27年11月29日(日)、
歴史館いずみさので開催中の「大坂の陣と泉州・紀北~樫井合戦への道~」見て来ました。
因みに訪問日は11/21。
塙ちゃん好きだよ。

大阪の陣関連だと無条件に反応してしまうので、今回の大阪遠征で
ちょうど日付もばっちりだったし行くしかないかとー。

泉佐野初めて行ったのですが、大阪の陣が正に大坂まるごと戦場だったことを
体感しました ここもう殆ど和歌山じゃろ。(関空が近い)
上にリンク張った公式HPより概要説明。
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 平成27年度(2015年)、は慶長20年(1615)の大坂夏の陣・樫井合戦から400年にあたります。慶長19・20年(1614・1615)の大坂冬・夏の陣は、徳川幕府と豊臣家の最終決戦にして、戦国の天下統一の戦争のフィナーレを飾った戦いでした。
 大坂夏の陣の最初の激戦のひとつが、泉佐野市の南中樫井における樫井合戦です。慶長20年4月29日、豊臣軍の塙団右衛門(ばんだんえんもん)・岡部大学と、徳川軍の浅野長晟(ながあきら)軍が樫井で戦いました。
 戦いは豊臣軍が敗れ、塙団右衛門・淡輪六郎兵衛重政・坂田庄三郎らが討ち死にしました。この後、徳川軍は大坂城を攻め落とし豊臣家は滅びます。
 今回の特別展は平成9年度に続く樫井合戦の特別展の第2弾です。樫井合戦は1日で終わった合戦でしたが、現在の泉佐野だけでの合戦ではありません。泉州・紀北の広い地域を巻き込んだ戦争で、多くの人々が樫井合戦に関わりました。
 特別展では泉佐野市の外にも視野を広げて、泉州・紀北における大坂の陣を紹介し、樫井合戦に至る大きな歴史の展開をたどります。

【主な展示資料】
・泉州樫井合戦絵図(模写・館蔵)
・泉州大坂冬御陣之図(大阪城天守閣蔵)
・泉州樫井八丁縄手絵図(大阪城天守閣蔵)
・浅野長晟本陣図(大阪歴史博物館蔵)
・浅野長晟書状(個人蔵)
・小堀政一書状(個人蔵)
・木村重成書状(個人蔵)
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塙団右衛門の有名な定めなき世のならいの書状初めて見たよ。
塙ちゃんは功を焦って云々言われる人だけど手紙読むとしみじみ感ずるものある;;

塙団右衛門のお墓相当離れてるからまたの機会にしたけど、
樫井の戦いだけで3駅くらいに跨って史跡あるから一度には回れなかった。
冒頭にも書いたけど大坂の陣はほんと大坂丸ごと戦場だったんだなって体感した。

そもそも和泉は豊臣の領地だったのに徳川方が侵攻して来たのがよく分かる書状も多くて
もうこれ戦うしかないだろって思ったな。
キムシゲの書状で、自分は家康と懇意だと説明書いてあるの見て二度見したけど
どう言う意味だったんだ…。

この後大野治房の岸和田城や堺攻防戦があるけれども、実際に来ると地理感覚も
よく分かるものだなと思いました。

この後私も岸和田と堺に行って来たのですがそれはまた別記事で。
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