BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2015/11/29(日)   CATEGORY: 美術館・博物館
北野天満宮「天神信仰 秀吉・秀頼から徳川へ」が良過ぎたので補足。
今年見た中でも指折りの素晴らしい展示だった。
こちらの記事で北野天満宮宝物館の内容はさらっと書いてあるのだけれども、
あまりに秀吉様、秀頼様関連が素晴らしかったので補足。

期間限定でしか開いていない宝物館なので、次回見られる日までは
自分のログでも見返して心を安らかにしたい認識です。



宝物館内は写真禁止なので、秀頼様関連の展示物についてメモを残しておきます。


■「秀頼奉納絵馬」
曾我直庵(そがじきあん)筆。堺の絵師。
「松 敬白」は秀頼様直筆。

■「本殿棟札」(国宝)
良恕法親王筆。慶長十二年十二月。
豊臣秀頼再興棟札、と記載。(1607)

■「秀吉・秀頼奉納釣灯篭」
慶長二年(1597)。
豊臣父子が奉納。火袋の銘文「御年丙申」は秀吉生まれ年の天文5年(1536)の干支を、
銘文「御年癸巳」は秀頼の生まれ年文禄二年(1593)の干支を示している。

■「刀(太刀)」
慶長十二年(1607)奉納。
「銘 北野天満宮豊臣秀頼公御造営之時
干時慶長十二未十一月日 信濃守国廣造」
秀頼様が1607年の本殿造営に際して奉納した刀。
刀と重文に指定されたが近年達太刀として勢作された可能性が指摘されている。
作者の国広は日向から下野の足利を経て慶長初年頃、京に上り一条堀川で工房を携えた。

■「北野大茶会高札」
北野大茶会の時に掲げられた高札。

■「大政所病気平癒の秀吉願文」
天正十六年六月(1588)。
母の病気平癒の祈祷を北野社に奉じたもの。
本復のあかつきには米一万石の寄付を命じている。

■「秀頼御神号」
慶長九年九月二十五日。(1604/9/25)
「南無天満大自在天神  慶弔九年 秀頼十二歳」と記載。




秀頼様関連でないけれど、北野天神絵巻(国宝)が予想以上に大きかったの印象的だった。
通常の絵巻物って横(長さ)は良いとして縦(高さ)は割と決まったサイズだと思うけれど、
高さがあったんですよ。それでいて炎上場面とかあるものだから、絵としても迫力あった。

それと鬼切丸。源頼光が大江山の酒呑童子退治の暁に与えられた刀。


宝物館は、木造の建物内で時が止まったかの様な雰囲気があって凄く素敵だった。
また梅の時期にでも会いに行きたいです。
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