BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2015/12/20(日)   CATEGORY: 美術館・博物館
敦賀市立博物館「大谷吉継 人とことば」見て来ました。
敦賀市立博物館で開催中の「大谷吉継 人とことば」 を見て来ました。
優しさ溢れてた。

<会期>
平成27年12月11日(金曜日)から28年1月24日(日曜日)

<内容>
第一章 秀吉の傍らで 秀吉、殿下様、関白様
第二章 豊臣の誇り 秀頼様御身捨あるまじきこと肝要に候
第三章 人々との交わり 沈酔ゆえ御報までに罷り成り恐れ入り候
第四章 関ヶ原 今度の御企かならず停止有べき



先月、三成関連で彦根(佐和山)と長浜(石田町)でイベントに参加出来て、
今月大谷さん関連の企画展に行けたのは良いタイミングだったと思います。



以下は、中日新聞「大谷吉継の人物像紹介 敦賀市博物館」より抜粋。
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「◆潔さ示す書状など43点
主に文書から吉継の書状を抜粋し、解説付きパネルで紹介。山口県内の図書館が所蔵する「厚狭(あさ)毛利家文書」からは、一五九二年の豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)で、吉継が立場の低い毛利元康の部下の安否を気遣う様子が読み取れる。

 国宝の「島津家文書」からは、吉継が関ケ原の戦いの前に仲間の島津義弘に宛てた書状に焦点を当てた。「沈酔…」と書かれており、二日酔いで島津の使者に適切な対応ができなかった点をわびている内容。「義弘に意見を求められ、その回答を先延ばしにする口実としての表現かもしれない。クールな一面がみえる」と外岡館長が語る。

 関ケ原の戦いで、石田三成とともに戦う約束を貫き、親しかった徳川家康の誘いを断る様子を描いた江戸時代初期の軍記物「慶長軍記」も並び、後世の評価にも触れられ、興味深い。」
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展示は、パネルと原本半々くらいの割合だったけど、興味深い内容ばかり。
大谷さんってああ言う文書が届い色々残っている方なのね。
穏やかで人徳のある大谷さんの人となりが垣間見える書状もあった。

優しそうな人柄が垣間見られる内容で、敦賀や近江と言った琵琶湖周辺が
如何に軍事上重要拠点だったのか考えさせられました。


全体としては贈り物に対する礼状が多かったんだけど、
田昌幸と幸村に西軍参戦願い出したやつ(真田宝物館所蔵)が
「秀頼様御身捨あるまじきこと肝要に候」とか書いてあって胸に沁みた。
関ヶ原は東軍も西軍も秀頼様の為ってのがプロパガンダだから当然なのやも知れんが
どんな気持ちであの長文を認めたのか考えるとな…。

あと吉継からDQN家久へ庄内の乱後に送ったもので、
「秀頼様日々御成人、御息災の御事諸人大慶」云々と秀頼様の政権が早く望まれる
一文があって、私秀頼様の名前に過敏に反応するヲタクだからこれも過敏に反応した。

それから、三成襲撃事件の解決に尽力してくれて感謝します的な書状(多分ヤス宛)もあった。
三成が恨みを買い易いのはまあ分かるけど、大谷さんが斯様な形で
仲介してくれてるの見るとほんと良い人だなと思った。知ってました。


この敦賀市博物館は建物自体も福井県指定有形文化財(旧大和田銀行本店)で、
入ってすぐの銀行の窓口の造りや豪華な階段、三階の貴賓室など見所です。

敦賀市はそれ程広くないので見て回るにもちょうど良い感じだったし、
また戦国関連の展示やってくれたら来て見たいです。
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