BAD END
ただの個人の掃き溜めです。
DATE: 2016/01/20(水)   CATEGORY: その他イベント
心斎橋大丸の「真田幸村の至宝展」行って来ました。
仙台真田家、非常に面白かった。
先日の記事でも書いたけれど、心斎橋大丸で開催されていた、
仙台真田家ゆかりの品を展示していた「真田幸村の至宝展」に行って来ました。

模造甲冑、パネル展示、天王寺真田幸村博のために作成された真田丸ジオラマ、
仙台真田家のお宝とバラエティ豊かな展示があり、面白かったです。

入り口の、模造甲冑のコーナーで流れていたBGMが「sengokudama」で、
これ昨年夏に丸ビルで開催された、「大坂の陣400年 丸の内夏の陣
真田幸村と戦国武将たち」
でも流れていた曲だったから即反応した。
この音楽大好きなんだー!
「Theme Of Sekigahara」はもっと好きなのだけど、あれじっくり聞いていると涙出て来る…
関ヶ原の曲なのに、あの時あの場所で流れていたイメージが強くて、
第一印象のインパクトが覆せないために私の中ではどうしても
大坂の陣のテーマになってます;;


模造甲冑は秀頼様着用と伝わる金小札紅糸威具足、幸村の赤備え、
政宗のダースベーダ―モデル:五枚銅具足、それとヤスのやつ(説明が雑)。
こういうところで秀頼様モデルがあるの凄く珍しいよね。
秀頼様と言うだけでテンション激高。

秀頼様の模造甲冑を目にした一般人は 「これが秀頼の鎧かー。」程度の
感想しか抱かない可能性が考えられるけれども、秀頼様本陣足軽としては
「これが大坂御陣覚書で描かれた梨子地緋威の御物具、
太閤より御相伝の金の切割二十本、茜の吹貫十本、玳瑁の千本鑓押立、
と表現されその見事な勇姿を見た居並ぶ武者達が感涙に咽んだと言う鎧でございますね!」
くらいの心持ちでいたのは内緒です!

良いのよ!秀頼様をここで扱って下すっただけで嬉しいことなのですよ!
金小札紅糸威具足は秀頼様の体系を考えると余りに小柄なのと、
装飾性の美しさから実用よりも飾るためのものの様に見えていたし、
本物はもっと黄金系だからこの模造甲冑を見たら緋威…オレンジ…と戸惑いもあったけれど
気にしてないです あまりに秀頼様が好きなので書きたかっただけす。



パネル展示は前半の真田家の興りや関ヶ原、九度山辺りは良いとして
何度読んでも大坂の陣の辺りで胸が熱くなり苦しくなり辛くなり
目が離せなくてまた読み返してしまうのであった 完全に病気です。
うぐぐ勝永かっこいいいいいい;;;;;;;;;

仙台真田家のお宝は写真撮影禁止なので、これまた図録替わりにメモって来た。


<展示一覧>
①旧仙台藩参政真田君墓銘拓本
真田幸歓(西光寺・石巻市)に刻まれた碑文。

②滋野性海野氏真田氏略図
仙台真田家系譜。

③昌幸公像

④幸村公像
蓮華定院に伝わる幸村画像模写と伝わる。狩野派の絵師作。

⑤守信公像
幸村の子 大八は仙台藩片倉家に保護され片倉姓を名乗ったが
後に真田守信と名乗る。ところが幕府によってこれが追及を受けたため
予め用意していた偽の系譜を出して事なきを得ている。
再び片倉守信と名を変えた守信は六文銭の使用を控えたと言う。

⑥六文銭旗(背負い旗)
1.13m×1.2m。幸村が戦死の際に所持していた(死持)と伝わる。

⑦六文銭旗(集合旗)
2.5m×0.3m。六文銭を縦に並べたもの。遠目で分かる様になっている。

⑧紺地五ノ字の旗(五番組の旗)
1614/11/15幸村の手勢が木津から奈良に向かうヤスを襲撃した時の
分捕りと伝えられる。

⑨白采幣
幸村の死持。幣は和紙で出来ている。
江戸時代後半に仙台でコレラが流行した時、この幣を飲むと幸村の武勇(神通力)が
得られ病気が平癒すると言われて大文千切り取られている。柄尻に六文銭を刻す。

⑩弓懸
黄土色、六文銭柄。
手になじんだゆがけは簡単に作成出来ないため 「かけがえのない」の語源となった。

⑪軍扇
赤地に金の日の丸。

⑫婦人用御状箱
竹林院がお梅に与えたもの。お梅より弟大八に贈られた。

⑬槍穂先・鞘
銘「近江国則廣」。白鮫皮の突起が珍しい。

⑭金剛兵衛源盛高作刀身
宝満山の修験者の刀工であった金剛兵衛。
この刀の特徴は斬られた者が安らかに成仏するようにとの願いを込めて
中心(柄の中に入る部分)が卒塔婆の形になっていると言われている。
(※よく見たけれどさっぱり分かりませんでした。)

⑮南蛮胴具足
銘春田勝晃。1614/11/26 木津でヤスを襲撃した幸村がこの甲冑を用いたと伝わる、
黒を基調とした実戦向きの鎧。
胴は南蛮胴の中央に鎬(しのぎ)を立てた二枚銅蝶番合わせ。
鹿角の前立に一部欠損があるものの保存状態は良好。
兜は雑賀衆鉢と呼ばれる形で雑賀衆によって作られたデザイン。
胴の背面には旗指物が立てられるようになっている。


この手の展示大好きだし、ヲタクは同じもの何度もを繰り返し見ては
都度考察し直すめんどくせー生き物だからここも相当長居してしまった。
一時間以上はいたけど多分普通の人なら20分くらいで見終わるのではないかw

その後、ついったで真田徹氏のツイを見たらあまり客の入りが芳しくなかったとのこと。
えええ勿体ない…!宣伝が足りなかったのか立地がマイナーだったのか
分からないけれども、良い展示だったので東京や信州にも巡回すれば
良いのにと思った程ですよ。

秀頼様の模造甲冑ももっといろんな人に見て欲しいしね?!
結局そこに行きついてしまうのは生粋の豊臣兵だから許して欲しい。
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